カタクチイワシ(山口県 日本海)
ニシン目カタクチイワシ科に属する。学名Engraulis japonicus。体型は紡錘形、断面は楕円形で、鱗は円鱗。吻は突出し、口は下位。脂瞼をもつ。背鰭は吻と尾端のほぼ中央にあり、背は黒~青灰色で腹は銀白色。
分布
太平洋西岸・日本海・オホーツク海・東シナ海・黄海・南シナ海の各沿岸域を中心に分布し、太平洋では東経およそ170度付近の沖合域まで分布する。これらのうち、対馬暖流の影響を受ける九州北西岸および日本海岸に分布するものが対馬暖流系群とされている。
生態
冬季を除くほぼ周年に亘って産卵する。卵は楕円形の分離浮性卵で、孵化体長は3 mm程度。仔魚は色素胞に乏しいシラス型であるが、体長が25~35 mmに達する頃から体高が増大し、色素を沈着して稚魚へと変態する。体長は1歳でおよそ80~120 mm、2歳で140 mm程度に達し、寿命は2歳。成熟開始年齢は成育環境や海域によって大きく変異し、早いものでは5月齢程度から成熟可能で、遅いものでも1歳前後で成熟すると考えられる。本種の回遊様式は不明な点が多いが、房総周辺海域に冬から夏季にかけて来遊する大型成魚は、黒潮親潮移行域~親潮域の成育場から来遊した群である可能性が指摘されている。カイアシ類を中心とした動物プランクトンや植物プランクトンを摂餌する。
利用
仔魚期から成魚期までの生活史を通じ、水産資源として利用される。体長10~20 mm程度の仔魚は「ちりめんじゃこ」や「たたみいわし」、「しらす干し」、「釜揚げしらす」として利用され、2~3 cmのやや大型の仔魚は田作りの材料となる他、生食用にも利用される。重量当たりの単価は発達とともに低下し、体長が30 mmを超えるころから「煮干し」として利用されるようになり、およそ80 mmを超える大型のものは「目刺し」の他、「アンチョビー」や魚醤などの発酵食品の原料として利用される。本種は食品以外にも、農耕肥料や養殖・畜産飼料や魚油の原料としても重要である。
漁業
成魚については、ほとんどは中・小型まき網漁業で漁獲され、漁場は主に日本海南西部に形成される。日本海の各地沿岸では定置網漁によっても漁獲される他、鹿児島県では棒受網漁業でも漁獲される。仔稚魚は鹿児島県沿岸を中心に船曳網漁業によって漁獲される。
主要漁業である中・小型まき網漁業では、135 トンあるいは80 トン規模の網船が使用される。まき網漁業では、FAD(人工集魚装置)の使用やサメまきは行わず、素群れを魚探やソナーで探索して漁獲している。船びき網漁業は、主に5トン船を用いたパッチ網2艘曳きの形態をとっている。
資源の状態
カタクチイワシは我が国周辺における重要水産資源であり、TAC対象種ではないものの、毎年の資源評価においてABCが算定されている。ABCはコホート解析から得られる年齢別の資源量に基づいて算定されており、計算に必要な漁獲量と年齢別漁獲尾数、さらに次年度の資源量推定に必要な年齢別成熟率や近年の再生産成功率などの各種データは水産研究・教育機構や資源評価対象海域の沿岸都道府県の水産試験研究機関によって毎年調査され、更新されている。カタクチイワシの資源量は数十年周期で変動しており、対馬暖流系群の資源量は1991~2000年にかけて増加傾向にあったがその後急減し、2005~2007年にも一旦増加したもののすぐに減少した。2015年における資源水準は低位、動向は横ばいであった。現状の漁獲圧は生物学的な管理基準(Fmed)よりも高く、資源が枯渇する可能性があるため、資源回復を目的とした管理基準が提示されている。資源評価結果は公開の会議で外部有識者を交えて協議されるとともにパブリックコメントにも対応した後に確定されている。資源評価結果は毎年公表されている。
生態系・環境への配慮
東シナ海は農林水産省農林水産技術会議委託プロジェクト研究の対象海域となるなど海洋環境と生態系、魚類生産に関する研究は豊富である。海洋環境及び漁業資源に関する調査が水産機構の調査船、沿岸各県の調査船によって高い頻度で実施されている。評価対象漁業による魚種別漁獲量は把握される体制にあるが、混獲非利用種や希少種について、漁業から情報収集できる体制は整っていない。
混獲利用種のウルメイワシ、マアジ、マサバ、ゴマサバ、マイワシのうちマサバは資源状態が懸念される状態にあった。混獲非利用種については、情報がなかった。当該海域に分布する希少種のリスクは全体では低リスクであったが、アカウミガメ、アオウミガメについは中程度リスクと評価された。
食物網を通じた間接影響であるが、カタクチイワシ捕食者であるブリ、サワラ、タチウオ、ハンドウイルカ、イワシクジラ、シャチ、カマイルカ、コビレゴンドウ、スナメリ、ミンククジラ、カツオドリ、アジサシ、ウミネコ、ウトウについて、資源動向を評価するデータが乏しい種が多数存在した。餌生物は2005年までのデータであるが1960年代以降動物プランクトンの増加現象が見られた。この定向的変化の原因は水温の影響が示唆されるが、カタクチイワシの減少の影響については特定できなかった。競争者であるウルメイワシ、マイワシについては資源状態が懸念される状態ではなかった。
生態系全体への影響として、中・小型まき網漁業の影響強度は低く、生態系特性に不可逆的な変化は起こっていないと考えられた。まき網は基本的には網丈より深い水深帯で操業される表中層漁業であり、着底による海底への影響は小さいと考えられる。対象漁業からの排出物は適切に管理されており、水質環境への負荷は軽微であると判断された。中・小型まき網は我が国の漁船漁業の中では燃油消費量や温暖化ガスの環境負荷量が比較的小さい漁業であると考えられる。
漁業の管理
カタクチイワシ対馬暖流系群東シナ海区については、主に中・小型まき網漁業で漁獲が行われている。これらによる漁獲量は、鹿児島県、熊本県、長崎県が多い。法定知事許可漁業である中型まき網漁業では県別に操業統数の上限が決められており、小型まき網漁業と共に知事許可で操業が行われている。TAC対象種でないため、アウトプット・コントロールは行われていない。カタクチイワシは広域回遊魚種と位置付けられ、その管理については水産政策審議会資源管理分科会、広域漁業調整委員会で話題となり、関心が持たれてきている。
地域の持続性
カタクチイワシ対馬暖流系群東シナ海区は、鹿児島県・熊本県・長崎県の中・小型まき網で大部分が獲られている。漁業収入及び収益率のトレンドは低かったが、漁業関係資産のトレンドは高かった。経営の安定性については、収入の安定性はやや低く、漁獲量の安定性は中程度であった。操業の安全性、地域雇用への貢献はともに高かった。鹿児島県・長崎県は中小零細市場が多く、このうち零細市場ではセリ取引、入札取引による競争原理が働かない場合も生じるが、カタクチイワシでは少ない産地市場において、比較的大人数の買受人参加の下でセリ取引、入札取引が行われており、競争原理は働いている。熊本県では零細市場はなく競争原理は働いている。卸売市場整備計画により衛生管理が徹底されている。大きな労働災害は報告されておらず、地域雇用への貢献も比較的高く、本地域の加工流通業の持続性は中程度と評価できる。先進技術導入と普及指導活動は行われており、物流システムも整っていた。水産業関係者の所得水準はおおむね高い。漁具漁法も発展しつつ継続している。各県では伝統的な加工法や料理法が数多く伝えられている。
健康と安全・安心
カタクチイワシには、体内の酸化還元酵素の補酵素として働くナイアシン、骨や歯の組織形成に関与しているカルシウム、血液の構成成分である鉄、亜抗酸化作用を有するセレンなど様々な栄養機能性分が含まれている。脂質には、血栓予防や高血圧予防などの効果を有する高度不飽和脂肪酸であるEPAと脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。また、血合肉には、タウリンが多く含まれている。タウリンは、アミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有する。旬は秋である。
利用に際しての留意点は、ヒスタミン中毒と生食によるアニサキス感染防止である。ヒスタミン中毒は、筋肉中に多く含まれるヒスチジンが、細菌により分解、生成したヒスタミンによるものであるため鮮度保持が重要である。アニサキスは、魚の死後時間経過に伴い内臓から筋肉へ移動するため、生食には新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にするなどで防止する。なお、アニサキスは、日本周辺には2種が生息し、九州や四国に主に分布するアニサキスはアニサキス症の原因にはほとんどならないことが報告されている。
引用文献▼
報告書