ヒラメ(香川県)
カレイ目、ヒラメ科に属し、学名はParalichthys olivaceus。目は体の左側にある。口は大きく、上額の後端は眼の後縁より後方に達する。両顎の歯は犬歯状で強く、1列に並ぶ。近似種とは、有眼側の後頭部に背鰭基底に向かう側線分枝がないことで見分けられる。有眼側は茶褐色で、無眼側は白色である(尼岡 1984)。養殖や人工種苗放流によるものは、有眼側に白色の、無眼側に茶褐色の斑が出る場合がある(河野ほか 2000)。
尼岡邦夫(1984)ヒラメ.「日本産魚類大図鑑」益田 一・尼岡邦夫,荒賀忠一,上野輝彌,吉野哲夫編,東海大学出版会,東京,332.
河野 博・渋川浩一・多紀保彦・武田正倫・土井 敦・茂木正人(2000)ヒラメの仲間.「食材魚貝大百科4海藻類+魚類+海獣類ほか」多紀保彦・近江卓監修,平凡社,東京,124-125.
分布
北海道東部と南西諸島を除く我が国周辺、朝鮮半島と中国沿岸(中坊・土居内 2013)。瀬戸内海系群は瀬戸内海全域。
中坊徹次・土居内龍(2013)ヒラメ.「日本産魚類検索 全種の同定 第三版」中坊徹次編,東海大学出版会,東京,1659.
生態
寿命は15歳程度で、1歳では雌雄とも4%が、2歳では雄の52%と雌の75%が、3歳では雄91%と雌82%が、4歳以上では雌雄とも100%が成熟する。産卵期は瀬戸内海東部海域で2~5月、中・西部海域で3~6月である。着底後の稚魚はあみ類や仔魚等を捕食し、成長にともない魚類・甲殻類・いか類も捕食するようになる。稚魚期にはマゴチ等の大型魚に捕食される(阪地・山本 2017)。
阪地英男・山本圭介(2017)平成28(2016)年度ヒラメ瀬戸内海系群の資源評価.平成28年度我が国周辺水域の漁業資源評価第3分冊,水産庁・国立研究開発法人水産研究・教育機構,1626-1652.
利用
とても美味な魚とされ、刺し身や寿司等の生食に供されることが多い(河野ほか 2000)。
河野 博・渋川浩一・多紀保彦・武田正倫・土井 敦・茂木正人(2000)ヒラメの仲間.「食材魚貝大百科4海藻類+魚類+海獣類ほか」多紀保彦・近江卓監修,平凡社,東京,124-125.
漁業
主に、小型底びき網漁業(以下、小底)、刺網、定置網、釣りで漁獲される。瀬戸内海における小底は、紀伊水道では15トン未満船、その他の海域では5トン未満船を使用する(水産庁振興部沖合課 1983)。ヒラメを漁獲する小底の漁法は、板びき網(オッタートロール、紀伊水道・大阪湾・播磨灘のみ)・えび漕ぎ網(ビームトロール)・桁網である。刺網は底刺網、定置網はつぼ網やます網と呼ばれる小型定置網である。
水産庁振興部沖合課(1983)「小型機船底びき網漁業」,地球社,東京,638 pp.
資源の状態
ヒラメ瀬戸内海系群では、生態、生物特性に関する知見が明らかにされており、資源評価の基礎情報として利用可能である。定期的な科学調査は限られた海域での着底稚魚生息密度調査のみであるが、漁獲量・全長組成・年齢組成・努力量データ等の収集が毎年行われている。これらのデータから年齢別漁獲尾数が推定され、チューニングコホート解析による資源評価が毎年実施されている。資源評価の内容は、公開の場を通じて有識者による助言を受けている。2018年の親魚量から資源水準は高位、過去5年間(2014~2018年)の親魚量の推移から資源動向は横ばいと判断される。現状の漁獲圧はやや高いが、小底標本船の出漁隻数が減少傾向であることから漁獲圧は今後も減少すると思われる。現状の漁獲圧が続いた場合、5年後の資源量・親魚量は増加すると予測される。本系群では、資源評価に応じた漁業管理方策、環境変化が及ぼす影響を考慮した漁業管理方策、遊漁等を考慮した漁業管理方策は策定されていない。
生態系・環境への配慮
瀬戸内海においてヒラメを漁獲する漁業による生態系への影響の把握に必要となる情報については、水産研究・教育機構、及び各府県の水産試験研究機関が長年に亘り海洋環境、プランクトン等の低次生産生物に関する調査、ヒラメ等漁獲対象種の生態・漁業について調査を実施し知見を蓄積している。海洋環境、生態系のモニタリングについては、水産機構の調査船、関係府県の調査船が、海洋観測、プランクトン、漁業資源等に関する調査を定期的に実施している。行政機関により府県別・漁業種類別・魚種別漁獲量等は調査され公表されているが、混獲や漁獲物組成に関する情報は十分得られていない。
ヒラメを漁獲する漁業による他魚種への影響について、混獲利用種は小底ではえび類、いか類、かれい類、マダイ、たこ類、スズキ、シャコとしたが、えび類、いか類、かれい類、たこ類、スズキは漁獲量が減少傾向、シャコは瀬戸内海西部では資源状態が低位とされ、多くの魚種で資源が懸念される状態であった。刺網の混獲利用種も小底と比してえび類が抜けるだけで残りの組成は同一であったため評価は同様である。混獲非利用種としては、小底はヒメガザミ、ヘイケガニ、イヨスダレガイ、オカメブンブクとした。PSA評価の結果いずれの種も生産性に関するリスクは低いが、漁業に対する感受性は高い値となり、総合的なリスクは中程度となった。刺網ではシロギス、トカゲエソ、シログチとしPSA評価を行ったところ、いずれの種も漁業に対する感受性は高いが、生産性に関するリスクが低く、リスクは中程度とされた。対象海域に分布する希少種のうち、アカウミガメに中程度の影響リスクが認められたが、全体としては影響リスクは小さいと考えられた。
食物網を通じたヒラメ漁獲の間接影響のうち、捕食者については、瀬戸内海ではヒラメは最高次捕食者に近い存在と考えられ存在しないと考えた。主な餌生物としていわし類(カタクチイワシ、マイワシ)、イカナゴ、はぜ類が挙げられるが、イカナゴの資源状態は懸念される状態であり、はぜ類のデータは利用できず評価できなかった。競争者は魚食性の強い底魚でえそ類、スズキ、タチウオとした。タチウオの資源が懸念される状態であり、スズキ、豊後水道のえそ類の漁獲量も減少傾向であった。
漁業による生態系全体への影響については、2014年以降、瀬戸内海区において総漁獲量及び漁獲物平均栄養段階が低下しており懸念が認められた。海底環境への影響は、漁獲物平均栄養段階の変化幅は小さく、影響は認められなかった。水質への影響については、対象漁業からの排出物は適切に管理されており、負荷は軽微であると判断された。小底漁船による大気環境への影響については、排出量が中程度と判断した。
漁業の管理
インプット・コントロールについては、小底、刺網とも資源管理指針で休漁に重点的に取り組んでおり、テクニカル・コントロールについては、小底、刺網とも主に小型魚保護のための体長制限等が取り組まれている。種苗放流効果を高める措置として、生息適地の維持・増大、資源管理との連携による生産率向上が取り組まれている。小底、刺網とも環境への影響は軽微と考えられ、藻場、干潟の保全、森林の保全・整備等により漁場環境の改善に漁業者が取り組んでいる。
本系群の生息範囲は府県を跨いでおり、瀬戸内海広域漁業調整委員会が資源管理に対応している。漁船の操業監視は各府県の取締当局で実施し、水産庁漁業取締本部神戸支部も連携している。資源管理計画における資源管理措置の履行確認は各府県の資源管理協議会が行い、漁獲物のサイズは漁協職員や漁業者間で確認等が可能である。省令、各府県漁業調整規則、海区漁業調整委員会指示等に違反した場合、各種規定により罰則が課せられる。資源管理計画については、概ね5年ごとに内容の適否について専門家も含む資源管理協議会で評価・検証を行うとされ、順応的に管理施策を更新できる体制がとられている。
小底、刺網は、知事許可漁業もしくは第2種共同漁業権行使規則の対象であり、漁業者は特定でき、実質、全員漁業者団体に所属している。両漁業とも各府県の資源管理指針に基づく資源管理計画で自主規制されており漁業者組織の影響力は強い。各府県漁業協同組合または漁業協同組合連合会は、共販、流通加工、直販等の事業を行い水産資源の価値の最大化に努めている。漁業者は資源管理計画の決定、履行等を通じて自主的管理に主体的に参画しており、海区漁業調整委員会、瀬戸内海広域漁業調整委員会への参画等を通じ、公的な管理に主体的に参画している。海区漁業調整委員会、瀬戸内海広域漁業調整委員会には幅広い利害関係者が参画している。資源管理指針に従い作成された資源管理計画については、計画、実施、評価、改善のサイクルを回すことで適切な資源管理の推進を図るとされるが、漁業者及び関係団体が評価・検証、目標や管理措置の見直しに十分参画できていないのではないかと危惧される。栽培漁業について、府県ごとに受益者の費用負担の検討が行われている。
地域の持続性
本系群は、小底(兵庫県、岡山県、広島県、山口県、香川県、愛媛県)、刺網(兵庫県、香川県、愛媛県)で大部分が獲られている。漁業収入はやや低位で推移し、収益率のトレンドは高く、漁業関係資産のトレンドは低かった。経営の安定性については、収入の安定性、漁獲量の安定性ともにやや高かった。漁業者組織の財政状況は高かった。操業の安全性は高かった。地域雇用への貢献は高い。労働条件の公平性については、漁業及び加工業で特段の問題はなかった。買受人は各市場とも取扱数量の多寡に応じた人数となっており、セリ取引、入札取引による競争原理は概ね働いている。取引の公平性は確保されている。卸売市場整備計画等により衛生管理が徹底されており、 仕向けは高級食材である。先進技術導入と普及指導活動は概ね行われており、物流システムは整っていた。水産業関係者の所得水準はやや低かった。地域ごとに特色ある漁具・漁法が残されており、伝統的な加工技術や料理法がある。
健康と安全・安心
ヒラメの肉はアミノ酸組成のバランスがよく、良質なタンパク質を含む。縁側には皮膚の健康を保つ働きがあるコラーゲンが含まれている。また、体内の酸化還元酵素の補酵素として働くナイアシンが多く含まれている。旬は冬である。利用に際しての留意点は、アニサキス感染防止である。アニサキスは、魚の死後時間経過にともない内臓から筋肉へ移動するため、生食には新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にする等で防止する。
引用文献▼
報告書