カタクチイワシ(静岡県)
ニシン目、カタクチイワシ科に属し、学名はEngraulis japonica。体は細長く、腹縁が円くて稜鱗がなく、吻が突出する。口は大きく裂け、両顎に小歯が1列に並ぶ。体の背面は黒味が強く、体側に1本の銀白線が縦走する。
分布
北太平洋のフィリピン諸島からカムチャッカ半島に広く分布する。評価対象の太平洋系群は、我が国太平洋南部沿岸から千島列島沖合に分布する。
生態
寿命は3歳、成熟開始年齢は1歳未満で、1歳でほぼ100%成熟するとされている。産卵期は、暖海域でほぼ周年にわたる。産卵場および回遊範囲は、黒潮域、黒潮親潮移行域、親潮域と広い。カイアシ類などの小型の動物プランクトンを摂餌する。
利用
仔魚期はシラスとして漁獲され、生しらすや釜揚げしらすとして食用となる。数cmの若魚は煮干し、成魚は広く食用として利用される。カツオの釣餌用の活餌としても用いられる。
漁業
福島県から鹿児島県の沿岸では、シラス船曳網等により春から秋までシラスとして漁獲される。各地の定置網ならびに道東をはじめ、各地の中・小型まき網でも漁獲される。
資源量中高位水準期の主要漁業である北部太平洋まき網漁業(北部まき網)で使用される網船の大きさは、80トンあるいは135トンである(牧野・齊藤2013)。常磐・房総の大中型まき網の漁期は12~翌年6月である。資源量が多い年には9~11月に道東から三陸、1~5月に熊野灘や日向灘でも多獲される。黒潮・親潮移行域等、沖合域に分布する魚群はほとんど漁獲対象となっていない。
資源の状態
カタクチイワシ太平洋系群は毎年コホート解析により年齢別資源量が算出されている。コホート解析に必要な漁獲量、年齢組成、更に次年度の資源量予測に必要となる年齢別成熟割合、近年の再生産成功率、加入量などのデータは国の委託事業として水産研究・教育機構(以下、水産機構)、関係都県により毎年調査され更新されている。1990年以降資源量は増加傾向を示したが、2000年代後半から減少傾向に転じ、2015年現在資源水準は低位、動向は減少である。現状の漁獲圧は資源の早期回復が期待されるFlimitより大きい。将来予測では現状の漁獲圧が続いた場合、資源量、親魚量、漁獲量は低く推移する。資源評価結果は公開の会議で外部有識者を交えて協議されるとともにパブリックコメントにも対応した後に確定されている。資源評価結果は毎年公表されている。
生態系・環境への配慮
太平洋中区の動植物プランクトン生産などについては水産機構中央水産研究所などによって研究が進められてきた。当該海域では海洋環境に関する調査、モニタリングが水産機構、並びに県の調査船によって高い頻度で実施されている。対象漁業の船びき網漁業、中・小型まき網漁業の魚種別漁獲量は把握されるが、混獲非利用種や希少種について漁業から情報収集できる体制は整っていない。
混獲利用種(船びき網:マイワシ、中・小型まき網:マイワシ、マサバ、ゴマサバ、ウルメイワシ)について資源の現状に懸念はなかった。混獲非利用種については、実態が知られていない。評価対象水域と分布域が重複する希少種の全体のリスクは低かった。
捕食者と考えられるミンククジラ、カツオ、マルソウダ、キハダ、メバチ、マサバ、ゴマサバのうちメバチとゴマサバについては資源が減少傾向であった。カタクチイワシの餌料である動物プランクトンについて、カタクチイワシの漁獲によって悪影響を受けている兆候は認められなかった。競争者と考えられるマイワシの資源変動は環境変動によるボトムアップ制御的な現象と考えられる。ウルメイワシの資源量増加傾向は、カタクチイワシの漁獲圧が高く餌を巡る競争が緩和されたことに起因する可能性も否定出来ないが、今のところ悪影響と言える兆候はみられていない。
生態系全体への影響として、まき網漁業による影響の強度は軽微であるが、多魚種を狙った操業を含むまき網漁業全体として小型浮魚類に影響を及ぼしている可能性がある。
船びき網、中・小型まき網は着底漁具ではないため海底への影響はない。対象漁業からの排出物は適切に管理されており、水質環境への負荷は軽微である。排出ガスの大気環境への影響は船びき網については軽微とは言えない。中小型まき網のうち1そうびき巾着網は我が国の漁船漁業の中では燃油消費量や温暖化ガスの環境負荷量が比較的小さい漁業であると考えられる。
漁業の管理
カタクチイワシ太平洋系群については、大中型まき網漁業、中・小型まき網漁業、船びき網漁業が主に漁獲を行っている。大中型まき網漁業では千葉、宮崎県、中・小型まき網漁業では千葉、三重、愛媛(太平洋南区)、大分県(同)、また船びき網漁業では愛知、三重県の漁獲量が多い。本種の公的管理は、主に法定知事許可や知事許可の許可条件・制限を通じて漁具・漁法、漁船サイズ、馬力制限、操業海域、操業時期などのインプット・コントロール、テクニカル・コントロールが行われている。TAC対象種でないため、アウトプット・コントロールは行われていない。カタクチイワシは広域回遊魚種と位置付けられ、その管理については水産政策審議会資源管理分科会、国の作成する資源管理指針、広域漁業調整委員会で話題となり、関心が持たれている。
地域の持続性
カタクチイワシ太平洋系群は、愛知県、三重県の船びき網漁業、千葉県、三重県、愛媛県、大分県の中・小型まき網、千葉県、宮崎県の大中型まき網で大部分が獲られている。2015年の漁業収入は、全国的に漁獲が少なかったため、収益率のトレンドは低く、漁業関係資産のトレンドも中程度であった。経営の安定性については、収入の安定性、漁獲量の安定性ともに中程度であった。操業の安全性、地域雇用への貢献はともに高かった。各県とも水揚げ量が多い拠点産地市場がある一方、小規模及び中規模市場が分散立地している。買受人は各市場とも取り扱い数量の多寡に応じた人数となっており、セリ取引、入札取引による競争原理はおおむね働いており、取引の公平性は確保されている。卸売市場整備計画により衛生管理が徹底されている。全体の漁獲量ベースでは、餌料等の用途比率が高いと推察されるものの、食用の割合も一定量ある。大きな労働災害は報告されておらず、労働条件の公平性も比較的高いと想定され、本地域の加工流通業の持続性は高いと評価できる。先進技術導入と普及指導活動は行われており、物流システムも整っていた。水産業関係者の所得水準はおおむね高い。漁法は地引網から明治期にまき網に変わった。千葉県九十九里浜沿岸では加工法や料理法は数多く伝えられている。
健康と安全・安心
カタクチイワシには、体内の酸化還元酵素の補酵素として働くナイアシン、骨や歯の組織形成に関与しているカルシウム、血液の構成成分である鉄、亜抗酸化作用を有するセレンなど様々な栄養機能性分が含まれている。脂質には、血栓予防や高血圧予防などの効果を有する高度不飽和脂肪酸であるEPAと脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。また、血合肉には、タウリンが多く含まれている。タウリンは、アミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有する。旬は秋である。
利用に際しての留意点は、ヒスタミン中毒と生食によるアニサキス感染防止である。ヒスタミン中毒は、筋肉中に多く含まれるヒスチジンが、細菌により分解、生成したヒスタミンによるものであるため鮮度保持が重要である。アニサキスは、魚の死後時間経過に伴い内臓から筋肉へ移動するため、生食には新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にするなどで防止する。
引用文献▼
報告書