カタクチイワシ(岡山県)
ニシン目、ニシン亜目、カタクチイワシ科に属し、学名はEngraulis japonicus。体は細長く、腹縁は丸みを帯びて稜鱗がなく、吻が突出する。口は大きく裂け、両顎に小歯が1列に並ぶ。体の背面は黒みが強く、体側に1本の銀白線が縦走する。小型で大部分は体長12 cm以下であるが、ときに18 cmを超えるものもある。
分布
本種はサハリン、沿海州から日本、朝鮮、台湾、および中国の南部に分布する。対象系群の分布域は薩南海域から紀伊水道外域、瀬戸内海である。
生態
寿命は2年程度。成熟開始年齢は5月齢で55%、6月齢で80%、7月齢で95%、8月齢以上で100%の個体が成熟すると考えられる。産卵はほぼ周年みられるが、主産卵期は5~10月である。薩南海域から紀伊水道外域、瀬戸内海のほぼ全域で産卵する。カイアシ類などの小型甲殻類を主な餌とする。サワラ、スズキ、さば類、タチウオなどの魚食性魚類に捕食される。
利用
孵化後2週間程度の仔魚期から食用として利用され、各成長段階で乾製品に加工される。またカツオ釣獲用の活餌として用いられる。缶詰や塩蔵品にも加工され、地域によっては生食される。
漁業
対象系群の資源は主に中型まき網や船びき網によって漁獲される。瀬戸内海では小規模な漁業が大多数を占めているが、本種を漁獲対象とする漁業への投資規模は大きい部類に入る。
主要漁業である船びき網漁業では、海域によって漁期・操業時間や漁獲対象としている成長段階が異なる。漁船規模は4~15トンであり、網船、手船、運搬船で船団が構成される。
資源の状態
カタクチイワシ、並びにシラスは瀬戸内海における重要水産資源であり、コホート解析によりシラス期を含む月別月齢別資源量が算出され、それに基づいて生物学的許容漁獲量(ABC)が算出されている。コホート解析に必要な漁獲量、体長組成、更に次年度の資源量予測に必要となる年齢別成熟割合、近年の再生産成功率、加入量、シラス漁況予測に必要となる産卵量などのデータは国の委託事業として水産研究・教育機構、関係府県により毎年調査され、更新されている。カタクチイワシ瀬戸内海系群の資源量は1980年代後半から1990年代にかけて減少した。2000年代に増加したが、近年は中位水準で横ばい傾向にある。漁獲圧は1月齢魚で特に高いが、1999年以降は低下している。1990年代以降、3月齢以上でも1980年代と比較して低い。将来予測では2015年の漁獲圧が続いた場合、現在の資源水準が維持されると考えられる。資源評価結果は公開の会議で外部有識者を交えて協議されるとともにパブリックコメントにも対応した後に確定されている。資源評価結果は毎年公表され、管理施策に反映されている。
生態系・環境への配慮
瀬戸内海は漁業、養殖業が盛んであり、水産機構、及び府県に設置された水産試験研究機関が長年にわたり海洋環境、プランクトン等の低次生産、及びカタクチイワシ、イカナゴ、サワラなどの水産資源に関する調査・研究を実施している。漁業によるモニタリング体制として、県別・漁業種類別・魚種別漁獲量などは調査されているが、混獲や漁獲物組成に関する情報は十分得られていない。
同時漁獲種への影響については、船びき網は季節により対象を絞るため混獲利用種は無視できる。中・小型まき網で漁獲されるむろあじ類、マイワシについては資源状態に悪影響があるとはいえなかった。混獲非利用種については両漁業とも量的には少なかった。希少種に対するリスクは全体的には低いと判断された。
カタクチイワシの主要な捕食者のうち、カタクチイワシの漁獲の影響は明確でないがタチウオ、サワラについて資源状態の懸念がみられた。カタクチイワシの餌生物指標値の経年変化をみる限り定向的な変化はみられず、カタクチイワシの漁獲(資源変動)による餌生物への影響は見られなかった。カタクチイワシの競争者と考えられるイカナゴ、マイワシ、むろあじ類については、カタクチイワシの漁獲が資源に悪影響を及ぼしているとは言えなかった。
船びき網、中・小型まき網漁業による影響の強度は軽微であり、種による傾向も異なるが、高次捕食者に定向的な変化が認められ、漁獲物平均栄養段階も緩やかに低下していることから、生態系特性の変化が起こっている可能性が認められた。
海底への影響については、船びき網は着底漁具ではないため考えられない。まき網は網裾が着底することはあるが、着底しても広範囲に掃海する漁法ではないため海底環境に重篤な影響を与えているとは考えにくかった。水質への影響について、排出物は適切に管理されており、負荷は軽微であると判断された。大気環境への影響について、船びき網は排出ガスの大気環境への影響が軽微とは言えないが、中・小型1そうまき巾着網は船びき網や他の漁法と比べると軽微である。
漁業の管理
カタクチイワシ瀬戸内海系群については、中型まき網漁業、船びき網漁業が主に漁獲を行っている。大阪府では中型まき網漁業(漁業・養殖業生産統計では中・小型まき網漁業で一括した数値が計上されているが、大阪府には小型まき網漁業はない)、広島、香川、愛媛県(瀬戸内海区)では船びき網漁業の漁獲量が多い。本種の公的管理は、主に法定知事許可や知事許可の許可条件・制限を通じて漁具・漁法、漁船サイズ、馬力制限、操業海域、操業時期などのインプット・コントロール、テクニカル・コントロールが行われている。TAC対象種でないため、アウトプット・コントロールは行われていない。中型まき網漁業は大阪府の同業種組合内で資源管理計画が、また3県の船びき網漁業については終了した瀬戸内海系群(燧灘)資源回復計画と同様の「燧灘におけるカタクチイワシの資源管理の取組」が実施されてきている。カタクチイワシは広域回遊魚種と位置付けられ、その管理については水産政策審議会資源管理分科会、国の作成する資源管理指針、広域漁業調整委員会で話題となり、関心が持たれている。
地域の持続性
カタクチイワシ瀬戸内海系群は、広島県、香川県、愛媛県の船びき網漁業、大阪府の中・小型まき網漁業で大部分が獲られている。経営の安定性については比較的高い。操業の安全性及び地域雇用への貢献も高いと判断された。各県とも水揚げ量が多い拠点産地市場がある一方、小規模及び中規模市場が分散立地している。買受人は各市場とも取り扱い数量の多寡に応じた人数となっており、セリ取引、入札取引による競争原理は概ね働いており、取引の公平性も確保されている。主に大衆加工品の食用として利用されており、本地域の加工流通業の持続性についても高いと評価できる。先進技術導入と普及指導活動は行われており、大阪府のまき網は昭和初期から昭和35年くらいまでが最盛期であったが、現在も引き続き行われている。カタクチイワシは瀬戸内海で最も多くの人に親しまれている代表的な魚で加工法や料理法は数多く伝えられている。
健康と安全・安心
カタクチイワシには、体内の酸化還元酵素の補酵素として働くナイアシン、骨や歯の組織形成に関与しているカルシウム、血液の構成成分である鉄、亜抗酸化作用を有するセレンなど様々な栄養機能性分が含まれている。脂質には、血栓予防や高血圧予防などの効果を有する高度不飽和脂肪酸であるEPAと脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。また、血合肉には、タウリンが多く含まれている。タウリンは、アミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有する。旬は秋である。
利用に際しての留意点は、ヒスタミン中毒と生食によるアニサキス感染防止である。ヒスタミン中毒は、筋肉中に多く含まれるヒスチジンが、細菌により分解、生成したヒスタミンによるものであるため鮮度保持が重要である。アニサキスは、魚の死後時間経過に伴い内臓から筋肉へ移動するため、生食には新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にするなどで防止する。
引用文献▼
報告書