スルメイカ(茨城県)
ツツイカ目アカイカ科に属し、学名はTodarodes pacificus。外套膜は筒形で中央部がやや太く、後方はしだいに細くなり後端はとがる。外套膜の背側の正中線上には暗色の縦帯がある。ひれはひし形で、目は透明の膜に覆われない(坂口 2003)。
坂口健司 (2003) 83. スルメイカTodarodes pacificus Steenstrup. 新 北のさかなたち, (監修)水島敏博・鳥澤 雅, (編)上田吉幸・前田圭司・嶋田 宏・鷹見達也, 北海道新聞社, 北海道, 332-337.
分布
東シナ海から黄海、日本海、太平洋北西部、オホーツク海に分布する。周年にわたり再生産を行っているが春季と夏季に発生する群の資源量は少なく、秋季と冬季にかけて発生する群の資源量が卓越する。スルメイカ冬季発生系群は九州南西岸から東シナ海で12月~翌年3月に生まれ、稚仔は成長しながら太平洋では黒潮、日本海では対馬暖流によって北へ運ばれる。日本海では沿海地方やサハリン沿岸、タタール海峡にまで達し、太平洋では北海道東部、一部はオホーツク海まで回遊する(坂口 2003)。
坂口健司 (2003) 83. スルメイカTodarodes pacificus Steenstrup. 新 北のさかなたち, (監修)水島敏博・鳥澤 雅, (編)上田吉幸・前田圭司・嶋田 宏・鷹見達也, 北海道新聞社, 北海道, 332-337.
生態
寿命はほぼ1年と推定されている(坂口 2003, 菅原ほか 2013)。成熟開始月齢は雌雄により異なり、2012~2018年級群を対象とした結果から、雄は6~7ヶ月齢で成熟に達する一方、雌の成熟開始は7~8ヶ月齢以降であった(加賀ほか 2021)。産卵場は九州周辺海域での成熟個体や孵化直後と推定される幼生の分布から、東シナ海に主産卵場があると推定されている(松田ほか 1972, 森ほか 2002, 森 2006)。食性は沿岸では小型魚類、沖合では甲殻類とされている(沖山 1965)。スルメイカは幼生から成体まで、大型魚類、海産哺乳類等に捕食されると考えられており、日本海ではとも食いも報告されている(木所・氏 1999)。
加賀敏樹・岡本 俊・久保田 洋・宮原寿恵・西嶋翔太 (2021) 令和2(2020)年度スルメイカ冬季発生系群の資源評価、水産庁・水産機構
木所英昭・氏 良介 (1999) 共食いで捕食されたスルメイカの孵化後の日数の推定. 日水研報, 49, 123-127.
松田星二・花岡藤雄・古籐 力・浅見忠彦・浜部基次 (1972) 本邦南西海域におけるスルメイカの再生産機構とその変動要因. スルメイカ漁況予測精度向上のための資源変動機構に関する研究, 農林水産技術会議事務局, 10-30.
森 賢 (2006) スルメイカ冬季発生系群の初期生態と資源変動機構に関する研究. 北海道大学博士号論文, 172pp.
森 賢・木下貴裕・佐々千由紀・小西芳信 (2002) 黒潮周辺海域におけるスルメイカ冬季発生群の産卵海域と輸送経路. 月刊海洋, 号外31, 106-110.
沖山宗雄 (1965) 日本海沖合におけるスルメイカTodarodes pacificus Steenstrupの食性. 日水研報, 14, 31-41
坂口健司 (2003) 83. スルメイカTodarodes pacificus Steenstrup. 新 北のさかなたち, (監修)水島敏博・鳥澤 雅, (編)上田吉幸・前田圭司・嶋田 宏・鷹見達也, 北海道新聞社, 北海道, 332-337.
菅原美和子・山下紀生・坂口健司・佐藤 充・澤村正幸・安江尚孝・森 賢・福若雅章 (2013) 太平洋を回遊するスルメイカ冬季発生系群の成長に及ぼす孵化時期と性差の影響. 日水誌,79, 823-831.
利用
刺し身、寿司、煮物、焼きイカ、天ぷら、するめ、さきイカなど、幅広く利用されている。新鮮で身が透明なイカは刺し身や寿司種に最適。塩辛や松前漬けにも利用される(坂口 2003)。
坂口健司 (2003) 83. スルメイカTodarodes pacificus Steenstrup. 新 北のさかなたち, (監修)水島敏博・鳥澤 雅, (編)上田吉幸・前田圭司・嶋田 宏・鷹見達也, 北海道新聞社, 北海道, 332-337.
漁業
太平洋側では主に沿岸いか釣り、底びき網、定置網、まき網等によって漁獲されている。沿岸いか釣り船は、30トン未満で沿岸域で操業する小型いか釣り、30~200トンで沖合域で主に操業する大臣許可いか釣りに分けられる。
資源の状態
スルメイカの資源生態に関する調査研究は古くから積極的に進められてきた。資源生態に関する知見は、学術論文や報告書として豊富に蓄積されており、資源評価の基礎情報として利用可能である。漁獲量・努力量データの収集、定期的な科学調査、漁獲実態のモニタリングも毎年行われている。漁業データ、科学調査データに基づき、資源尾数が推定され、資源評価が毎年実施されている。資源評価の内容は公開の場を通じて利害関係者の諮問を受けて精緻化されている。資源尾数を用いて資源水準・動向を判断したところ、2020年漁期の親魚量は限界管理基準値(SBlimit)を下回り、動向は横ばいであった。現状の漁獲圧(F2017-2019)は最大持続生産量(MSY)を実現する漁獲圧を上回っている。将来予測シミュレーションによると、現状の漁獲圧で漁獲を続けた場合、親魚量が5年後にSBlimit案を上回る確率は41%であった。算定された生物学的許容漁獲量(ABC)は、有識者や利害関係者からなる水産政策審議会を通じてTAC(漁獲可能量)設定等の漁業管理に反映される仕組みが確立されている。
生態系・環境への配慮
評価対象海域は、親潮域、黒潮・親潮続流域を含む生産性の高い漁場であり、海洋環境、生態系等について長期にわたり調査・研究が行われ、評価対象種についても動態、分布と海洋環境の関係等に関する研究が進んでいる。海洋環境、魚類資源に関する調査は水産研究・教育機構や、関係道県の調査船により定期的に実施されているが、混獲や漁獲物組成に関する情報は十分得られていない。
スルメイカを漁獲する漁業による他魚種への影響であるが、混獲利用種として、沖合底びき網漁業ではマダラ、サメガレイの資源が懸念される状態であった。さけ定置網漁業ではサケ、かじか類の漁獲量が減少傾向を示していた。沖底の混獲非利用種は、総合的に対象漁業が混獲非利用種に深刻な悪影響を与えているとは考えられなかった。希少種への影響はいずれの海域・漁法においても低かった。
食物網を通じたスルメイカ漁獲の間接影響について、スルメイカの動態は主な捕食者のいずれに対しても影響が小さいと考えられた。主要な餌生物についてもスルメイカ資源の動態との関連は認められなかったが、競争者についてはゴマサバ、マガレイの資源状態に懸念がある。生態系全体への影響に関して、評価対象海域の総漁獲量及び漁獲物平均栄養段階に定向的な傾向は認められなかった。
海底環境への影響について、沖底オッタートロールでは重篤な悪影響が懸念されるが、かけまわし、2そうびきによる影響は軽微と考えられ、沖底全体でも軽微と判断された。沿岸いか釣り漁業は海底への影響がないと判断される一方、さけ定置網については着底漁業ではないものの、網を固定するためのアンカーが海底に接地することによる影響が考えられる。
漁業の管理
スルメイカは漁獲可能量により管理されている資源であるためアウトプット・コントロールが導入されている。沿岸いか釣りは知事許可、もしくは海区漁業調整委員会承認漁業であり参入規制が行われ、資源管理指針に基づく漁獲努力量制限が謳われている。沖底は大臣許可漁業であり、操業区域によって隻数、禁漁期間が設定されている。さけ定置網は漁業権漁業であり参入規制が行われているほか、資源管理指針に基づく自主的な休漁の設定等に取り組んでいる。以上いずれの漁業もインプット・コントロールも導入されている。沿岸いか釣り漁業では集魚灯の光力規制、水中灯の禁止を課し、沖底は操業禁止ラインより陸側での操業は禁止されているなど、テクニカル・コントロールが一部導入されている。
本系群は韓国、中国、北朝鮮、ロシアも漁獲しているが、資源管理に関する国際的な管理体制はない。国内に関しては各漁業に対する管轄体制は確立されているが、分布域全体をカバーする管理体制は存在しない。我が国のそれぞれの漁業に対しては国、道県による監視・取締体制が確立されている。各漁業者が違反した場合、各道県漁業調整規則、漁業法、関係省令に基づき有効と考えられる罰則・制裁が課せられる。本種はTAC対象種であり、TACによる管理の結果は、翌年の資源評価に反映される。ABCやTACは毎年1回以上改定されており、順応的に管理している。
本系群を利用するすべての漁業者は漁業者組織に所属しており、特定できる。沿岸いか釣りではTACの知事管理区分について現行水準を遵守する以外に漁獲努力量、光力の上限設定等に漁業者自らが取り組み、沖底では1998年漁期以降、採捕実績が漁獲可能量を常に下回っており、漁業者組織が管理に影響力を有していたことがうかがえる。さけ定置網では資源管理指針に基づき、地区ごとに自主的に休漁等に取り組むとされ、各漁業者組織の管理に対する影響力は強いと思われる。各漁業の関係者は、沿海地区漁協、業種別漁協、漁連等の諸会議への参画を通して自主的な資源管理に主体的に参画し、海区漁業調整委員会、広域漁業調整委員会、水産政策審議会・資源管理分科会に委員として参加することで公的な資源管理へ主体に参画している。TACを審議する水産政策審議会・資源管理分科会には水産や海事産業の労働組合、釣り団体・環境団体、学識経験者が参画しており幅広い利害関係者が資源管理に参画している。各漁業は国、道県の資源管理指針、改正漁業法下での資源管理方針に基づき自主的、公的に管理の検証、見直しを進めることになっている。また、スルメイカはTAC管理されているが、水産政策審議会に諮る資源管理基本方針の案に関し、資源の状況と資源管理の目標、漁獲シナリオについて利害関係者の共通認識を醸成することを目的に検討会が開催されている。以上のように関係者による意思決定機構が存在すると考えられる。
地域の持続性
本系群は、青森県の沖底、北海道と青森県の沿岸いか釣りで大部分が獲られている。漁業収入は中程度で推移し、収益率のトレンドはやや高く、漁業関係資産のトレンドはやや低かった。経営の安定性については、収入の安定性は高く、漁獲量の安定性はやや高かった。漁業者組織の財政状況は高かった。操業の安全性は高かった。地域雇用への貢献は高い。労働条件の公平性については、漁業及び加工業で特段の問題はなかった。青森県には買受人5人未満の小規模市場が存在し、漁獲物の特性によって買受人がセリ・入札に参加しない可能性があり、セリ取引、入札取引による競争原理が働かない場合も生じる。取り引きの公平性は確保されている。卸売市場整備計画等により衛生管理が徹底されており、仕向けは生鮮と加工用が半々である。先進技術導入と普及指導活動は概ね行われており、物流システムは整っていた。水産業関係者の所得水準は低めであった。地域ごとに特色ある漁具漁法が残されており、伝統的な加工技術や料理法がある。
健康と安全・安心
スルメイカには各種酵素の成分となる亜鉛、抗酸化作用を有するセレン、動脈硬化予防、心疾患予防の効果を有するタウリン等のさまざまな栄養機能性成分が含まれている。スルメイカは年間を通じて漁獲があるが、常磐、三陸では、7・8月が最も水揚げが多く、旬といわれている。利用に際しての留意点は、生食によるアニサキス感染防止である。予防には、加熱及び冷凍することが最も有効である。スルメイカでは、生きているものでも筋肉にアニサキス幼虫が寄生することがあるため、一般に魚のアニサキス感染対策である「新鮮なものを用い、内臓を速やかに取り除く」では、筋肉に寄生しているアニサキスが除去できず注意が必要である。目視で確認し、筋肉中のアニサキス幼虫を取り除く必要がある。当然のことであるが、生の内臓は提供してはいけない。イカは特定原材料に準ずるものに指定されているため、イカを扱うことによるアレルゲンの拡散に留意する。
引用文献▼
報告書