ヤリイカ(宮城県)
ヤリイカ(学名:Heterololigo bleekeri)はツツイカ目ヤリイカ科に属する頭足類の一種である。雄は雌に比べて大きくなり、雄の外套背長は300mm以上に達するのに対し、雌の最大外套背長は220mm程度である(通山 1987, 木下 1989)。
木下貴裕 (1989) ヤリイカの日齢と成長について.西水研報告, 67, 59-68.
通山正弘 (1987) 土佐湾におけるヤリイカの産卵期の推定.漁業資源研究会西日本底魚部会報, 15, 5-18.
分布
ヤリイカは主に北海道南部以南の日本の沿岸域のほか、東シナ海、黄海及び日本海の朝鮮半島沿岸域に分布する。標識放流調査の結果では、日本海北部海域内(能登半島以北)では交流していることが確認されているが、日本海西部(能登半島以南)との交流は示されていない(佐藤 2004)。太平洋側では岩手県を境界としてヤリイカの回遊範囲が分かれていることから(伊藤 2007)、岩手県を境界として対馬暖流系群と太平洋系群に区分して資源評価を行っている。しかし、太平洋系群においても太平洋南部から北部への移動は報告されていない。
伊藤欣吾 (2007) 北日本ヤリイカ個体群の分布回遊と資源変動要因に関する研究.青森水総研研報, 5, 11-75.
佐藤雅希 (2004) 日本海におけるヤリイカの移動,回遊形態による群構造の検討.平成15年度イカ類資源研究会議報告, 49-64.
生態
ヤリイカはスルメイカのような広域な回遊はしない。成長にともない深所に移動して索餌・成長した後、産卵時に再び浅所に戻る深浅移動を行う(通山 1987, 通山・堀川 1987)。そのため、比較的ローカルな個体群を形成していると考えられる。産卵期は冬から春であり、水温12〜14℃、水深70〜150mの海底に接岸して付着基質に卵嚢を産み付ける(通山 1987)。
通山正弘 (1987) 土佐湾におけるヤリイカの産卵期の推定.漁業資源研究会西日本底魚部会報, 15, 5-18.
通山正弘・堀川博史 (1987) 土佐湾におけるヤリイカの産卵場について.南西海区ブロック会議第6回魚礁研究会報告, 45-51.
利用
主に生鮮食品として利用される。
漁業
主に秋から春に沿岸域に来遊してくる産卵群を対象とした漁業が行われており、主に底びき網と定置網(底建網)で漁獲される。太平洋側北部(岩手県南部から房総)では沖合底びき網漁業のトロールによる漁獲量が大半を占めているのに対し、太平洋側中部(静岡県以西の本州)では愛知県外海で小型底びき網漁業の漁獲割合が高く、南部(四国・九州)では、主に沖底の2そうびきで漁獲されている。なお、日本海では各種底びき網漁業、いか釣り漁業、定置網漁業で漁獲され、青森県では定置網(底建網)による漁獲量が多い。
資源の状態
ヤリイカ太平洋系群は岩手県以南の沿岸各地で沖底を中心に漁獲される。本系群の漁獲量の年変動は、海域によって大きく異なっており、1990年までは北部と中部・南部の漁獲量は同程度であったが、1990年代以降は北部の漁獲量が全体の80%以上を占める状態となっている。資源量の変化は沖底の資料をもとに把握されている。漁業データ、科学調査データに基づき、資源評価が毎年実施され、資源評価の内容は公開の場を通じて利害関係者の諮問を受けて精緻化されている。本系群の資源水準・動向は高位・増加と判断された。最近5年(2015〜2019年)の漁獲量は算定されたそれぞれの生物学的許容漁獲量(ABC)を上回る回数が多かった。海洋環境に対する資源の応答が海域で異なると考えられていることから、海域ごとに資源管理を実施することも重要である。
生態系・環境への配慮
ヤリイカを漁獲する漁業の生態系への影響の把握に必要となる情報、モニタリングについて、評価対象海域では海洋環境、生態系等について長期にわたりさまざまな調査・研究が行われており、海洋環境及び低次生産等に関する調査は、水産研究・教育機構や関係県の調査船により毎年実施されている。ただし、混獲や漁獲物組成に関する漁業からの情報は十分得られていない。
同時漁獲種への影響について、混獲利用種は沖底ではスルメイカ、小底ではサメガレイ、マガレイ、たこ類の資源状態が懸念される状態と考えられた。混獲非利用種について、沖底(1そうびき、2そうびき)と小底では、調査船調査結果から推定した混獲非利用種について総合的に見ると、悪影響を受けている種は認められなかった。大型定置網漁業では情報が得られなかった。対象海域に分布する希少種のうち、悪影響が認められた種はいなかった。食物網を通じたヤリイカ漁獲の間接影響について、捕食者とみられる魚種のいずれについてもヤリイカによる影響は小さいと考えられた。主要な餌生物のうち、ジンドウイカについてはヤリイカの捕食による影響を除外できず、競争者についてはゴマサバの資源状態に懸念があると考えられた。
生態系全体への影響に関して、オッタートロールについては評価対象海域において底生生態系を中心に構築されたEcopathのMixed Trophic Impactによれば(米崎ほか 2016)、沖底1そうびきによるモデル機能群への影響は大きくなかった。一方で、大型定置網の漁獲物の平均栄養段階は低下しており、生態系全体への影響が懸念された。小底の漁獲物の平均栄養段階は変動が大きく、長期的には増加しており、生態系全体への影響が懸念された。海底環境への影響については、沖底オッタートロールでは重篤な、小底では一部で悪影響が懸念された。大型定置網は着底漁具ではないが、網を固定するアンカーが多数海底に接触している。
漁業の管理
沖底は大臣許可漁業であり操業区域によって漁船の隻数が定められている。大型定置網は、定置漁業権漁業であり漁業権取得には各県海区漁業調整委員会の意見が反映されることになっている。小底は大臣が許可隻数を設定した知事許可漁業であり、いずれもインプット・コントロールが働いている。すべての漁業で部分的にテクニカル・コントロールが導入されている。海底環境等への影響を制御する措置は一部に導入されている。漁業者、漁業者組織は、水質保全、藻場・干潟の保全、植林活動等に取り組んでいる。本系群は太平洋広域漁業調整委員会の管轄下にある。漁業の監視は、沖底については水産庁漁業取締本部と仙台漁業調整事務所が、小底と大型定置網については岩手県、宮城県、茨城県当局が行っている。法令に違反した場合、それぞれの法、規則のもとで刑事罰や許可の取り消しが課せられ、いずれの漁業にとっても十分に有効と考えられる。改正漁業法のもとで策定された資源管理基本方針、各県資源管理方針では、現行の取り組みについては、定期的に検証を行い必要に応じて取り組み内容の改善を図るとされている。対象漁業のすべての漁業者は特定でき、実質すべての漁業者は漁業者組織に所属している。沖底、小底は自主的な保護区を設定するなど、漁業者組織が管理に強い影響力を有している。対象県のほぼすべての地区では自治体、漁業協同組合等が浜の活力再生プランとして水揚げ物の付加価値向上、鮮度・衛生管理、魚食普及等に取り組んでいる。また、各県漁連、漁協は販売、加工、通販、食堂経営等の経営上の活動を実施し水産資源の価値を高めている。沖底、小底、大型定置網の漁業関係者は、自主的管理、公的管理に対して主体的に取り組んでいる。管理施策を審議する地域、中央の会議には学識経験者、公益代表委員等の幅広い利害関係者が参画している。改正漁業法に基づく資源管理基本方針、各県資源管理方針では関係者による自主的な資源管理施策の計画、評価、見直しに関する意思決定過程が示されている。
地域の持続性
本系群は、岩手県の大型定置網、宮城県と茨城県の沖底、宮城県の小底で大部分が獲られている。漁業収入はやや低位で推移し、収益率のトレンドは中程度で、漁業関係資産のトレンドはやや低かった。経営の安定性については、収入の安定性、漁獲量の安定性ともにやや低かった。漁業者組織の財政状況は高かった。操業の安全性は高かった。地域雇用への貢献は高い。労働条件の公平性については、漁業及び加工業で特段の問題はなかった。水揚げ港の中には買受人の人数が少ない小規模市場も存在し、競争原理が働きにくい場合も生じると考えられる。取引の公平性は確保されている。卸売市場整備計画等により衛生管理が徹底されており、仕向けは高級食材である。先進技術導入と普及指導活動は概ね行われており、物流システムは整っていた。水産業関係者の所得水準は中程度である。地域ごとに特色ある漁具漁法が残されており、伝統的な加工技術や料理法がある。
健康と安全・安心
ヤリイカには各種酵素の成分となる亜鉛や、動脈硬化予防、心疾患予防の効果を有するタウリン等のさまざまな栄養機能性成分が含まれている。旬は、冬から春にかけてである。この時期は、繁殖、産卵のために接岸するため多く漁獲され、雌は子持ちとなり、真子(卵巣)も美味である。また、夏から秋にかけて獲れる若イカと呼ばれる小ヤリイカも美味しい。利用に際しての留意点は、生食によるアニサキス感染防止である。予防には、加熱及び冷凍することが最も有効である。ヤリイカでは、生きているものでも筋肉にアニサキス幼虫が寄生することがあるため、一般に魚のアニサキス感染対策である「新鮮なものを用い、内臓を速やかに取り除く」では、筋肉に寄生しているアニサキスが除去できないので、注意が必要である。目視で確認し、筋肉中のアニサキス幼虫を取り除く必要がある。当然のことであるが、生の内臓は提供してはいけない。イカは、特定原材料に準ずるものに指定されているため、イカを扱うことによるアレルゲンの拡散に留意する。
引用文献▼
報告書