シャコ(三重県)
口脚目、シャコ上科、シャコ科に属し、学名はOratosquilla oratoria。体色は黄褐色。捕脚(第2顎脚)が極端に大きく鎌状になることで、ほかの甲殻類とは区別できる(浜野 2005)。
浜野龍夫 (2005) シャコの生物学と資源管理. 日本水産資源保護協会, 東京, 208pp.
分布
シャコは内湾の水深10~30mの泥底の海域に多くみられる。我が国各地の沿岸域、黄海、東シナ海に広く分布し、評価対象の伊勢・三河湾系群は伊勢・三河湾内に分布する。伊勢湾では主に知多半島西岸の湾奥部から湾口部にかけて分布の中心があり、三重県側では湾南部に多い傾向がある。分布中心は時期により変動し、特に7~8月には、湾奥と知多半島南部の湾口部に多く分布する。このような傾向は、夏季に発達する底層の貧酸素水塊を避けた分布となっている(黒木・澤山 2017)。
黒木洋明・澤山周平 (2017) 平成28(2016)年度シャコ伊勢・三河湾系群の資源評価.平成28年度我が国周辺水域の漁業資源評価 第3分冊,1967-1989.
生態
ほぼ1歳で成熟し、成熟体長は約8cm。産卵期は5~9月。幼生は、ふ化後1ヶ月以上の間に11のステージを経て着底し(浜野 2005)、7~11月に出現する。食性は、2~3cmの小型個体では魚類を捕食する比率が高く、4~12cmで貝類の比率が高まり、12cm以上の大型個体では多毛類、甲殻類も捕食する(中田 1989)。小型のシャコはマアナゴに補食される(日比野 2016)。
浜野龍夫 (2005) シャコの生物学と資源管理. 日本水産資源保護協会, 東京, 208pp.
日比野 学 (2016) 伊勢・三河湾におけるマアナゴの食性. マアナゴ資源と漁業の現状, 増養殖研究所, 3, 101-102.
中田尚宏 (1989) 東京湾におけるシャコの生物学的特性. 神水試研報, 10, 63-69.
利用
寿司、塩ゆで等の材料として利用される。
漁業
伊勢・三河湾におけるシャコの漁獲は他海域と同様に小型底びき網漁業によるものがほとんどで、ほかには刺網と定置網で若干漁獲されている。伊勢・三河湾の小底にとってシャコは最も重要な魚種で、水揚げ金額において上位を占めており重要度は高い。
主要漁業である小底で使用される漁船の大きさは5~10トン程度のものが主力で、主として、伊勢湾においては開口板を備えるオッタートロール、三河湾においては桁網によってシャコが漁獲されている。シャコを狙った操業では日中の操業が主体である。
資源の状態
資源生態に関する調査研究は間欠的ではあるが古くから行われている。伊勢・三河湾以外にも東京湾等のシャコの知見があり、資源評価の基礎情報として部分的に利用可能である。漁獲量・努力量データの収集、定期的な科学調査、漁獲実態のモニタリングについて、2004年以降は毎年の調査によりデータの蓄積が開始されている。シャコのCPUE (単位漁獲努力量あたり漁獲量)の経年変化を主体とした評価を実施し、資源評価の内容は公開の場を通じて外部評価委員のコメント等を受けて精緻化されている。資源量指標値から水準を判定し、2019年は低位水準とした。また、直近5年間(2015~2019年)の資源量指標値の推移から動向は減少とした。伊勢・三河湾の夏季を中心とした貧酸素水塊の拡大時にはシャコの分布域が縮小する結果として水塊周辺部漁場での漁獲圧が高まることから持続的生産に対して漁業の影響はかなり大きいと推定されるが漁獲量は概ねABClimit以下であった。現状の漁獲圧で資源が枯渇するリスクは中程度とされた。算定されたABC(生物学的許容漁獲量)に基づいた管理は現状では実施されていないが、ABC以外の管理方策の提言が行われており、漁業管理の現場での今後の検討課題とされている。
生態系・環境への配慮
シャコを漁獲する漁業の生態系への影響の把握に必要となる情報、モニタリングの有無に関連して、伊勢・三河湾では主に生産力等に関する調査・研究が進められてきた。海洋環境及び漁業資源に関する調査が関係県の調査船によって定期的に実施されている。漁業種類別・魚種別漁獲量等は調査され公表されているが、混獲や漁獲物組成に関する情報は十分得られていない。
同時漁獲種への影響について、混獲利用種はマダイ、クルマエビ、かれい類、スズキ、サルエビ、マアナゴ、ヨシエビとしたが、かれい類、スズキ、マアナゴについては資源が懸念される状態であった。混獲非利用種は、スナヒトデ、オカメブンブク、小型かに類、モミジガイとしたが、漁業によるリスクは低いと考えられた。対象海域に分布する希少種のうち、ニホンウナギに中程度の影響リスクが認められたが全体としては低いと考えられた。
食物網を通じたシャコ漁獲の間接影響について、本種の捕食者としてはハモとマアナゴが挙げられ、ハモは資源状態が懸念される状況にないものの、マアナゴでは減少傾向がみられる。主要な餌生物は、くるまえび類、小型貝類、多毛類が挙げられるが、小型貝類の漁獲量は安定しており、クルマエビの資源状態は近年高位・増加にあるものの、シャコの漁獲による影響は小さいと考えられた。また、多毛類に対する漁獲・混獲の影響は無視できると考えられた。シャコと同様に甲殻類や多毛類を捕食するマダイでは、シャコとは反対に近年の資源状態は高位・増加である一方、餌生物を巡る競争関係は検出されなかった。また、三重県が実施している資源評価においてスズキの資源状態は高位・増加とされているものの、CPUEには長期的な定向的変化はみられず、シャコの漁獲による影響は小さいと考えられた。
漁業による生態系全体への影響については、評価対象海域で漁獲される魚介類の総漁獲量及びそれらの漁獲物平均栄養段階(MTLc)は低下傾向にあり、生態系全体に及ぼす影響が無視できないと推定された。漁業による海底環境への影響については、小底において、その規模と強度の影響が中程度あり、海底環境への負荷は無視できないと考えられた。
漁業の管理
小底は県知事許可漁業であり隻数制限が設けられているとともに資源管理方針により漁獲努力量の上限が決められている。資源管理指針に基づく自主的管理措置として休漁に重点的に取り組むともされている。このようにインプット・コントロールが導入されているが本系群の資源状態は低位・減少傾向である。テクニカル・コントロールとして、自主的な措置として親シャコ保護のための冬季漁獲制限、小型個体の入網回避のための目合い拡大、および再放流の生残率向上を図るためのシャワー設備の導入等が実施されている。小底に関しては、海底環境へのインパクトが大きいとしたが影響を制御する規制は見当たらない。愛知県では漁業者自らが水質保全、藻場・干潟の造成及び森林の保全・整備に取り組み、南知多町等の市町で干潟の保全活動が取り組まれている。
本系群は三重県、愛知県に跨がって分布する広域資源であるが、広域資源に対する資源管理として太平洋広域漁業調整委員会が担うこととされている。県が複数の取り締まり船により日常的に漁船漁業の監視・取り締まりを行っている。体長制限等については水揚げ港等での漁協職員等による監視が可能である。漁業法、漁業調整規則の規定に違反した場合の罰則規定は十分に有効と考えられる。県の資源管理指針に資源管理の目標、施策があり、5年ごとに計画の成果を評価し計画を見直すこととなっており、順応的管理の仕組みは部分的に導入されている。
対象となるすべての漁業者は漁業者組織に所属しており、特定できる。自主的管理措置として冬季漁獲制限、網目拡大等に取り組んでいることから資源管理に対する漁業者組織の影響力は強いといえる。漁業者組織は販売、加工等の事業、漁獲物のブランド化など、経営上の活動を実施し水産資源の価値の最大化に努めている。漁業者は関係する会議への出席等を通して資源の自主的管理、公的管理に主体的に参画している。資源管理の意思決定を行う各レベルの会合には、それぞれ学識経験者をはじめ幅広い利害関係者が参画する仕組みが作られており、施策の意思決定については、資源管理指針に則り、定期的に目標と管理措置の検討、見直しが協議されている。
地域の持続性
本系群は、愛知県の小底で大部分が獲られている。漁業収入はやや高位で推移し、収益率のトレンドは高く、漁業関係資産のトレンドはやや低かった。経営の安定性については、収入の安定性はやや高く、漁獲量の安定性は中程度であった。漁業者組織の財政状況はよかった。操業の安全性は高かった。地域雇用への貢献は高い。労働条件の公平性については、漁業及び加工業で特段の問題はなかった。買受人は取扱数量の多寡に応じた人数となっており、セリ取引、入札取引による競争原理は概ね働いている。取引の公平性は確保されている。卸売市場整備計画等により衛生管理が徹底されており、仕向けは高級食材である。先進技術導入と普及指導活動は概ね行われており、物流システムは整っていた。水産業関係者の所得水準はやや低かった。地域ごとに特色ある漁具漁法が残されており、伝統的な加工技術や料理法がある。
健康と安全・安心
シャコは高タンパク質・低脂肪であり、タンパク質は、筋肉等の組織や酵素等の構成成分として重要な栄養成分のひとつとなる。また、ビタミンB1、B12、E、カルシウム、亜鉛、タウリン等の栄養成分、機能性成分も多く含まれている。ビタミンB1は、細胞内の糖質等の物質代謝に関与している。ビタミンB12は、タンパク質、核酸の生合成に必要な成分である。ビタミンEは、抗酸化作用を有し、老化現象の進行を抑制する働きがある。カルシウムは、骨や歯の組織を形成し、亜鉛は、各種酵素の構成成分である。タウリンは、アミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防、胆石予防、貧血予防、肝臓の解毒作用の強化、視力の回復等の効果がある。旬は産卵期を控えた春から夏である。この時期は脂がのり、雌は「かつぶし」と呼ばれる卵を持ち、雄よりも高価である。利用に際しての留意点として、シャコは、特定原材料や特定原材料に準ずるものには指定されていないが、同じ甲殻類である特定原材料のエビやカニと同様のアレルギーを引き起こすことから、いわゆる甲殻類アレルギーの人に対して注意が必要である。
引用文献▼
報告書