ニシン(北海道 根室海峡)
ニシン目、ニシン科に属し、学名はClupea pallasii。体は細長く、側扁し、下顎が突出する。鱗は円輪鱗で、側線は不明瞭である。体色は、背側が青黒色、腹側が銀白色である。
分布
我が国周辺における分布域は、北海道沿岸から沖合にかけての水域である。北海道・サハリン系群はロシア沿岸で産卵し、我が国近海も回遊範囲に含まれ、豊度が高まった際には北海道周辺への来遊量が増加する。テルペニア系群はロシアのサハリン東沖を主な分布域としており、我が国の沿岸にも来遊する。北海道の沿岸各地に生息する地域性ニシンとしては、日本海側に分布する石狩湾系群のほか、風蓮湖や厚岸湖、サロマ湖、湧洞沼等の汽水湖沼内で産卵し付近の沿岸域で発育する湖沼性ニシンが知られている。
生態
本種は海草や海藻が繁茂する水深が浅い水域で産卵する。仔稚魚は発育にともなって沖へ移動して成長し、成熟すると産卵期には再び沿岸域に来遊する。北海道・サハリン系群は成長が遅く、4歳(平均尾叉長24.5 cm)になって50%以上が成熟し(小林・児玉 1995)、産卵期は3~5月とされている。地域性ニシンの成長は産卵場を異にする集団により相違が認められるが、一般に同年齢の北海道・サハリン系群よりも速い(小林・児玉 1995)。2歳(平均尾叉長15.2~24.0 cm)もしくは3歳(平均尾叉長 19.6~24.3 cm)で成熟し、産卵期は石狩湾系群で1~3月、北海道東部の湖沼性ニシンで3~6月である(小林・児玉 1995, 中央水産試験場・稚内水産試験場 2020)。魚類、オキアミ類、カイアシ類、端脚類及び魚類の卵や仔稚魚を捕食する(水産庁研究部 1989)。捕食者は大型魚類、頭足類及び海産哺乳類等である。
中央水産試験場・稚内水産試験場 (2020) 2019年度水産資源管理会議評価書, 13 pp.
小林時正・児玉純一 (1995) ニシン. 日本の希少な野生水産生物に関する基礎資料(Ⅱ), 185-196.
水産庁研究部 (1989) 我が国漁獲対象種の資源特性 (Ⅰ), 22-24.
利用
食用としては、刺身や塩焼き、フライ、マリネにされるほか、身欠きニシンや燻製、昆布巻きなどの加工品にされる。卵の塩蔵品は数の子として重宝される。昭和初期までは、ニシンを原料とした「にしんかす」が高窒素肥料として商用植物の栽培に用いられた。
漁業
漁獲は沿岸漁業と沖合底びき網漁業1そうびき(以下、沖底)による。沿岸漁業では、日本海側の石狩湾以北において1~3月に産卵群が、積丹半島以南において1~5月に産卵群が漁獲される。オホーツク海では、サロマ湖、能取湖、藻琴湖、濤沸湖周辺や、枝幸から斜里にかけての沿岸域において産卵群、索餌群及び越冬群が漁獲される。太平洋・根室海峡では、風蓮湖、厚岸湾・厚岸湖、湧洞沼、噴火湾沿岸等の産卵場周辺において10月~翌年2月に索餌群または越冬群が、3~5月に産卵群が漁獲される。沖底では、10月~翌年6月に日本海の雄冬岬沖から利尻島、礼文島周辺にかけての水深100~200mの海域において、索餌群または越冬群と考えられる成魚が漁獲される。オホーツク海での漁獲は、宗谷岬東方沖から北見大和堆南部にかけての水深100~200mの海域において周年にわたるが、3~4月に多く、7~9月には少ない。太平洋では主に9月~翌年3月に漁獲される。沿岸漁業での漁獲は、刺網漁業(以下、刺網)、小型定置網、氷下待ち網等による。沖底は120~160トンの漁船による操業である。
資源の状態
ニシンの資源生態に関する研究は積極的に行われてきた。分布と回遊、年齢・成長・寿命、成熟・産卵に関する知見は概ね精度の高い情報が利用可能である。効率的な種苗添加と放流後の生残率向上に有用な情報が収集されており、分析が進められている。漁獲量のデータは長期間にわたって得られてきたが、努力量は沖底による漁獲量のみ得られている。種苗放流実績の把握は行われている。北海道周辺における総漁獲量に基づいた資源評価が毎年実施され、資源評価の内容は公開の場を通じて利害関係者の諮問を受けて精緻化されている。種苗放流効果は顕著に認められる。1975年以降の漁獲量の推移から、2018年の資源水準は高位、直近5年間の漁獲量の推移から、動向は増加と判断された。資源に及ぼす漁業の影響評価、及び将来予測は行われていない。漁獲管理規則は未設定であるが小型魚を保護する取り組み等が行われている。外国漁船等による影響は考慮されていない。
生態系・環境への配慮
北海道周辺海域のニシンを漁獲する漁業の生態系への影響の把握に必要となる情報、モニタリングの有無についてであるが、ニシンは昔から重要な水産資源であり北海道、国等により古くから研究が行われ基盤情報が蓄積されてきた。北海道周辺海域における海洋環境、低次生産、魚類資源等に関する調査についても水産研究・教育機構、北海道立総合研究機構の調査船によって実施されている。漁獲情報については利用種の漁獲量は統計があるが投棄魚等の実態は把握できる体制にはない。
ニシンを漁獲する漁業による他魚種への影響であるが、混獲利用種については、小型定置網では、カラフトマス、ホッケで資源が懸念される状態である。宗谷振興局管内、及びオホーツク海で漁獲量が多い沖底では、スケトウダラ日本海北部系群、ホッケで資源が懸念される状態である。石狩、後志で漁獲量が多い刺網では、混獲種の資源は懸念される状態ではなかった。混獲非利用種については、小型定置網、刺網はなし、沖底は不明であった。対象海域に分布する希少種のうち、数種に中程度の影響リスクが認められたが全体としては低いと考えられた。
食物網を通じたニシン漁獲の間接影響は以下の通りである。ニシンの捕食者としてミンククジラ、トドの記録があるが両種とも資源が懸念される状態ではない。餌生物としては、北海道周辺ではツノナシオキアミ、かいあし類等が主であるが、ニシンはかつての豊漁期に比べて近年の漁獲量は数10分の1であり、その捕食圧が餌生物に影響を与えているとは考えにくい。競争者としてはスケトウダラ、ホッケが挙げられるが、スケトウダラ日本海北部系群、ホッケ道北系群では資源が懸念される状態であった。
漁業による生態系全体への影響については、北海道日本海北区で漁獲される漁獲物平均栄養段階の低下が認められ、生態系全体に及ぼす影響は無視できないと推定された。種苗放流が生態系に与える影響について、遺伝子多様性は確保されている。放流水域の親魚を用いて種苗生産が行われており、遺伝子攪乱を起こす可能性は低い。沖底による海底環境悪化の懸念が一部の海域で検出されたが全漁法込みでは軽微とみられた。水質への影響については、対象漁業からの排出物は適切に管理されており、負荷は軽微であると判断された。大気環境への影響については軽微と判断された。
漁業の管理
沖底は大臣許可漁業の指定漁業であり、隻数、海域等を公示され申請し、発給された許可証により操業する。刺網漁業のうち、にしん固定式刺網漁業は知事許可漁業であるため知事発給の許可証に基づき操業している。また、第二種共同漁業の刺網漁業は共同漁業権行使規則に基づき操業している。小型定置網漁業も共同漁業権行使規則により操業している。インプット・コントロールが成立している。資源水準は高位であるが、資源評価からは漁獲圧を有効に制御できているか確認できない。沖底では、若齢魚保護のため、漁獲物に占める体長22cm未満の個体の割合が10分の1を超える場合には直ちに操業を中止してほかの漁場に移動しなければならず、操業区域や操業期間の制限条件がある。刺網において目合制限により産卵量を増大させる資源管理効果は高いと報告されている。北海道では遊漁関係者、海洋レクリエーション代表等の委員を含め海面利用協議会が開催されており、協議会ではニシン資源保護を図るための風蓮湖内区域におけるニシン採捕禁止の根室海区漁業調整委員会指示についても説明されている。放流効果を高める措置も十分に取られている。刺網では、さけ、ます、かにが漁獲された場合には海中還元が許可の条件となっており、沖底においても、かに、つぶを採捕してはならない。沖底禁止ラインが設定され、その陸側では操業できず、操業期間にも制約がある。北海道漁業協同組合連合会では漁民の森づくり活動推進事業を展開しており、藻場、干潟等の保全等に取り組む関連地域もみられる。休漁の管理計画が立てられているが、刺網以外はニシンに特化したものではない。沿海漁業協同組合は事業主体としてニシンを種苗生産、放流し、北海道と共に栽培漁業を推進している。資源管理措置を講ずる漁業者等が資源管理協議会において評価・検証、目標や管理措置の内容の見直しに参画できないためPDCAサイクルを回す本来の趣旨に沿っておらず、特定の関係者の意思決定機構において協議は十分に行われない。漁業協同組合も参画する地域協議会で技術開発水準に応じて種苗放流経費の負担がなされてきている。
地域の持続性
北海道のニシンは、その他の刺網(にしん固定式刺網漁業以外を意味する)、沖底、及び小型定置網で獲られている。漁業収入はその他の刺網と小型定置網で増加傾向にあり、収益率のトレンドはやや高く、漁業関係資産のトレンドはやや低い。安定性もやや低かった。一方、当該漁業と関連の強い漁業者組織の財政状況は黒字であった。操業の安全性は高く、また、地域雇用への貢献も高い。労働条件の公平性について、漁業及び加工業で特段問題はなかった。市場の競争の原理は働いており、公正な価格形成が行われ、取引の公平性も担保されている。市場の衛生管理は徹底されており、卵巣は数の子として高級食材である。製造業における労働の安全性は低いが、地域雇用への貢献は高かった。水揚げに応じた製氷・冷凍・冷蔵施設は十分に整備されていた。先端技術導入と普及指導活動は行われており、物流システムも整っていた。水産業関係者の所得水準は高い。地域文化はかつて97万トンの漁獲を記録した歴史を背景に引き継がれている。
健康と安全・安心
ニシンには、血栓予防等の効果を有するEPAと脳の発達促進や認知症予防等の効果を有するDHA、視覚障害の予防に効果があるビタミンA、カルシウムやリンの吸収に関与するビタミンD、抗酸化作用を有するビタミンEが多く含まれている。また、骨や歯の主成分であるカルシウム、神経の興奮を鎮める効果があるマグネシウム、各種酵素の成分となる亜鉛、血液の生成に関与する銅、高血圧症に効果があるカリウムが多く含まれている。このようにニシンは栄養成分が豊富に含まれている。旬は3~5月である。利用に際しての留意点は、アニサキス感染防止のため生食を避けることである。アニサキスは魚の死後、時間経過に伴い内蔵から筋肉へ移動する。そのため、生食には新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にする等で防止する。また、高度不飽和脂肪酸が多いため、加工や冷凍保管時に脂質酸化しやすいことに留意する。
引用文献▼
報告書