マサバ(青森県 太平洋)
スズキ目、サバ亜目、サバ科に属し、学名は Scomber japonicus。体は紡錘形で横断面は楕円形。全身に小鱗を被るが剥離しやすい。背部は緑色の地に黒色波状紋が見られる。腹部は銀白色。本種はゴマサバに酷似するがゴマサバは腹部に不規則な小黒点が存在する。
分布
北太平洋の北部を除く大陸沿岸に分布する。北太平洋西部では黒潮流域を中心にフィリピンから千島列島まで分布する。評価対象の太平洋系群は、我が国太平洋南部沿岸から千島列島沖合に分布する。
生態
寿命は7~8歳、成熟開始年齢は2歳で50%、3歳で100%とされるが年により異なる。産卵期は1~6月、太平洋系群の産卵場は主に伊豆諸島周辺海域(3~6月)、他に足摺岬、室戸岬周辺や紀南などの太平洋南部沿岸域や東北海域である。夏~秋季は主に三陸~北海道沖に索餌回遊する。食性は、稚魚期は動物プランクトン、幼魚以降はカタクチイワシなどの魚類やオキアミ類などの甲殻類、サルパ類などを捕食する。サメ類などの大型魚類、ミンククジラなどの海棲哺乳類に捕食される。
利用
いわし類と並ぶ最も一般的な大衆魚として煮魚、塩焼きとして食用とするほか、缶詰や塩蔵品に加工される。資源量が大きいとき、小サバは養殖魚の餌料としても用いられる。北部まき網では生鮮15%、加工60%、非食用25%である。
漁業
[対象種を漁獲する漁業]
我が国周辺でマサバを漁獲する主な漁業は、まき網、定置網、たもすくいおよび棒受網である。大中型まき網は、主に常磐~三陸北部海域で0~2 歳魚を主対象として9~12月を中心にほぼ周年操業する。中型まき網は千葉県以西の太平洋沿岸各地で周年操業するが、ゴマサバが主体でありマサバの漁獲は少ない。定置網は、太平洋沿岸各地で行われ、三陸沿岸での漁獲が多い。たもすくいおよび棒受網(火光利用サバ漁業)は、伊豆諸島海域を主漁場とし、1~6月に越冬、産卵で集群する親魚群(2~4 歳魚)を主な対象とする。その他、各地で釣りなどでも漁獲される。近年は駿河湾以西でのマサバの漁獲は少ない。
[評価対象漁業の絞り込み]
2014年における日本の太平洋側のマサバ漁獲量は27.1万トンであるが、このうちまき網(大中型1そうまき、2そうまき、中小型の合計)の漁獲量は24.7万トンと、91%を占める。このため、マサバ太平洋系群評価における対象漁業は北部太平洋大中型まき網とする。ちなみに、第2位は定置網で6%である。
[評価対象漁業の操業形態]
主要漁業である北部太平洋まき網漁業(北部まき網)で使用される網船の大きさは、80 トンあるいは135 トンである。網の全長は2そうまきが約1,000m、1そうまきが1,600~1,800 m、深さはいずれも100~250mである。まき網では、素群れを魚探やソナーで探索して巻いており、FAD(人工集魚装置)の使用やサメまきは行っていない。
資源の状態
マサバは我が国周辺における重要水産資源であり毎年コホート解析により年齢別資源量が算出され、それに基づいて漁獲可能量(TAC)が算出されている。コホート解析に必要な漁獲量、年齢組成、更に次年度の資源量予測に必要となる年齢別成熟割合、近年の再生産成功率、加入量などのデータは国の委託事業として水産研究・教育機構(以下、水産機構)、関係都県により毎年調査され更新されている。
マサバは長周期の資源量変動がみられ、太平洋系群は1990年代には低水準期が続いたが、2000年代前半から増加傾向にある。2015年現在資源水準は低位にあるが、増加傾向は続いている。現状の漁獲圧は生物学的な管理基準であるFmed(親子関係のプロットの中央値に相当する漁獲係数)より小さいが、資源の回復を図るため更に小さく抑えられている。将来予測では現状の漁獲圧が続いた場合、2020年に親魚量が低位水準と中位水準の境であるBlimitを上回る確率は極めて高い。
資源評価結果は公開の会議で外部有識者を交えて協議されるとともにパブリックコメントにも対応した後に確定されている。資源評価結果は毎年公表されている。
生態系・環境への配慮
評価対象である日本の太平洋北部(以下、太平洋北区:我が国の漁獲統計海区)では、主要水産種の食性、栄養段階、捕食者などに関する長年の調査を通じて、生態系に関する情報が比較的豊富に得られており、現在生態系モデルを用いた解析も進められている。海洋環境及び低次生産に関する調査や主要小型浮魚類の加入量調査などが毎年定期的に行われ、調査を通じて生態系に関する広域的な時系列情報をモニターできる体制も整っている。大中型まきあみ漁船は漁獲成績報告書の提出が義務づけられており、主な利用種の漁獲情報は経年的に蓄積されている。
太平洋北区においてマサバを漁獲する大中型まきあみ漁業は、混獲が発生しにくい操業形態を取っており、混獲の影響は小さいと評価されるが、混獲非利用種や希少種に関して漁業から情報収集できる体制が整っていない点は改善の余地がある。
マサバを対象とした大中型まきあみ漁業が、食物網を通じてマサバの捕食者、餌生物、競争種に重大な間接影響を及ぼしている兆候は検出されなかった。さらに、太平洋北区の表層生態系全体の変化として、マサバ、マイワシ、カタクチイワシ等の小型浮魚類は魚種交替と呼ばれる大規模長周期の資源変動を示すが、各魚種の資源変動は位相がずれており、かつ資源状態の悪化が懸念される魚種はないことから、これら小型浮魚類は全体として動物プランクトン等による二次生産とマグロ類、カジキ類等の高次捕食者をつなぐ生態系機能を維持していると考えられる。ただし、太平洋北区の漁獲は栄養段階3.5~4に集中しており、マサバは資源状態が低位でありながら漁獲量に占める割合が最も高い重要魚種であることから、漁獲が環境変動と相まって生態系に及ぼす影響を慎重にモニタリングしていくことが大切である。大気環境、水質環境への影響は軽微であると考えられる。
漁業の管理
マサバ太平洋系群の年間総漁獲量の80%以上は、北部太平洋海区大中型まき網漁業によって水揚げされている。よってここでは北部太平洋海区大中型まき網漁業を対象として、漁業の管理を評価する。北部太平洋海区大中型まき網漁業は、千葉県野島崎灯台正南の線と東経179度59分43秒の線との両線分における海域(オホーツク海及び日本海の海域を除く)(大中まき網漁業の操業区域)で15トン以上の網船を用いた船団により操業されるまき網漁業をいう。
我が国の漁業管理は、中央政府や地方政府による公的管理(トップダウン的管理)と、漁業協同組合や業種別団体などの漁業者組織による自主的管理(ボトムアップ的管理)を組み合わせた共同管理(Co-management)によって、多様な資源や漁業種類および陸上での利用法に応じたきめ細かい管理施策が実施されている。一般的に、大中型まき網漁業のような大規模漁業では政府による公的管理が、沿岸の小規模漁業では漁業者組織による自主的管理が、相対的に大きな管理上の役割を担っているが、両者を相補的に組み合わせた共同管理全体を高度化していくことが重要である。
公的管理としては、以下のような対応がとられている。マサバはTAC対象種であり、農林水産大臣が設定するTACの範囲内に漁獲量が制限されている。大中型まき網漁業は大臣許可を必要とする指定漁業であり、許可条件・制限を通じて漁具・漁法、漁船サイズ、操業海域、操業時期などの規制をおこなっている。また大中型まき網漁業は、沿岸漁業との漁業調整の円滑化や政府による漁業取締りの効率化を図るため、他の漁業に先駆けて2011年よりすべての網船に衛星船位測定送信機(Vessel Monitoring System)の設置を開始している。
一方で漁業者組織による自主的管理の概要は以下のようである。北部太平洋海区の許可を有する大中型まき網漁業者は、県まき網漁業協同組合、および、それらの連合会として北部太平洋まき網漁業協同組合連合会(ならびに全国まき網漁業協会)を組織している。これらの団体は、会員である各漁業者からほぼ毎日報告される漁獲量を集計し、政府により設定・分配されるTACを超えないように操業を管理するとともに、水揚げ集中によって加工・流通業への安定的な供給が阻害されることのないよう、操業海域や水揚げ港に関する情報提供・指導等を行っている。また、政府とともに策定した資源回復計画や資源管理計画に基づく施策の執行や、サバ類の個別割り当て(Individual Quotas)の自主的試行についても、北部太平洋まき網漁業協同組合連合会が中心になって行ってきた。このようにマサバ太平洋系群を対象とした北部太平洋海区大中型まき網漁業は、政府(水産庁)による公的管理と、漁業者組織(主に北部太平洋まき網漁業協同組合連合会)による自主的管理を組み合わせた、高度な共同管理体制が構築されている。
地域の持続性
マサバ太平洋系群の年間総漁獲量の80%以上は、北部太平洋海区大中型まき網漁業によって水揚げされている。よってここでは北部太平洋海区大中型まき網漁業を対象として地域の持続性を評価した。対象とする都道府県は、本漁業に関連する水揚げ港や加工流通業が存在する青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県とした。本漁業の水揚げ量・金額等の情報は、主要水揚げ港の統計を使用した。漁業経営の状況や地域の加工・流通業への貢献の状況については、データの制約により、マサバ太平洋系群によるものだけを抽出して評価することが困難であったため、同漁業により水揚げされる全魚種を一括して評価した。また、地域の水産加工流通業の状況に関しても情報が限定的であるため、データが入手不可能な場合は各県の漁業全体もしくは加工業全体の情報で代替して評価した。
東日本大震災以前の漁獲量は28万~35万トン、金額は264億~347億円である。漁業者数は1船団につき平均40~50人であり、合計34ヶ統が存在しているため、漁業就業者だけでも1,000人以上の雇用を創出している。主な漁業対象種はマイワシ、カタクチイワシ、サバ類、マアジ、スルメイカ、カツオ等だが、回遊性魚を漁獲対象としているため、漁場の形成状況により千葉県銚子港から青森県八戸港まで、広範囲の漁港で水揚げしている。これら各地域の仲買人、運送業者、水産加工業者、造船所、漁具メーカー等関連業界をはじめとする地域経済の振興に貢献しており、特に震災後は被災地港への積極的な水揚げを行い早期復興に協力している。なお、操業は主に夕方に出て朝方に帰る日帰り操業となっている。
2003年より開始した資源回復計画の効果により、2008、2009、2010年盛漁期に500グラム以上の魚体が出現するようになった。このために生鮮食用向けの供給に加え、輸入原料に依存してきた水産加工業への原料供給が増加した。さらに加入が良好と評価された2009年級群、2010年級群、2011年級群の適正漁獲に努めることにより持続的な資源の有効利用がはかられてきている。
近年の漁獲成績をみると、ある程度の年変動は観察されるものの、持続的な経営が行われていることが推察される。関連産業も含めると、青森から千葉までの地域での雇用創出や経済波及の効果は比較的大きく、また地域の住みやすさも全国平均以上であり、地域として持続性は高いと評価された。
健康と安全・安心
マサバには、細胞内の物質代謝に関与するビタミンB2、骨の主成分であるカルシウムやリンの吸収に関与するビタミンD、体内の酸化還元酵素の補酵素として働くナイアシン、抗酸化作用を有するセレンなど様々な栄養機能成分が含まれている。脂質には、血栓予防などの効果を有するEPAと脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。また、血合肉には、ビタミンAとD、鉄、タウリンが多く含まれている。ビタミンAは、視覚障害の予防、タウリンはアミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有する。旬は脂質含量が最も高くなる秋である。
利用に際しての留意点は、ヒスタミン中毒と生食によるアニサキス感染防止である。ヒスタミン中毒は、筋肉中に多く含まれるヒスチジンが、細菌により分解、生成したヒスタミンによるものであるため鮮度保持が重要である。アニサキスは、死後の時間経過に伴い内臓から筋肉へ移動するため、生食には、新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にするなどで防止する。
引用文献▼
報告書