マイワシ(岩手県)
ニシン目、ニシン亜目、ニシン科に属し、学名は Sardinops melanostictus。体は延長し、腹部はやや扁平。下顎は上顎よりわずかに突出する。鰓耙は細長く密生する。体側に1列の黒点列がありときにその上下に1列ずつの黒点がある。
分布
カムチャッカ東部、南樺太、沿海州から台湾に至る沿岸域、太平洋黒潮・親潮移行域に分布。
生態
寿命は7歳程度。成熟開始年齢は資源の高水準期には高齢化、低水準期には若齢化の傾向が見られるが、低位水準から中位水準に移行した近年は1歳で50%、2歳で100%とされる。産卵期は11~6月で最近の盛期は2~4月、評価対象の太平洋系群の産卵場は四国沖~関東近海である。夏秋季の索餌期に沿岸域で滞留する群と北方へ索餌回遊する群があり、後者の回遊範囲は資源量水準によって変化し、低水準では常磐沖まで、中水準では三陸北部~道東沖の親潮域、高水準期は東経180°付近まで回遊する。仔稚魚期は動物プランクトンを捕食、成魚は珪藻類も濾過摂餌する。中・大型の魚類、イカ類、海棲哺乳類、海鳥類に捕食される。
利用
さば類と並ぶ最も一般的な大衆魚として食用とされる。生鮮の他素干し、塩干し、缶詰、魚油などに加工して食用にされる。ハマチなどの養魚や家畜の餌料としても用いられる。北部まき網では生鮮が11%、加工が32%、非食用が56%である。
漁業
[対象種を漁獲する漁業]
我が国周辺でマイワシを漁獲する主な漁業は、まき網、定置網である。船びき網などによってシラスも漁獲される。太平洋系群に対する近年の漁獲量の7~9割は太平洋中・北区におけるものである。特に房総半島以北の大中型まき網による漁獲が多くを占める。漁場は1980年代の高水準期には道東海域にまで広がったが、低水準期の2000年代は房総~常磐海域に縮小し0、1歳魚が主な対象となった。
[評価対象漁業の絞り込み]
2014年における日本のマイワシ漁獲量は20.2万トンであるが、このうちまき網(大中型1そうまき、2そうまき、中小型の合計)の漁獲量は15.7万トンと、78%を占める。このため、マイワシ太平洋系群評価における対象漁業は北部太平洋大中型まき網とする。ちなみに、第2位は定置網で17%である。
[評価対象漁業の操業形態]
主要漁業である北部太平洋まき網漁業(北部まき網)で使用される網船の大きさは、80 トンあるいは135 トンである。網の全長は2そうまきが約1,000m、1そうまきが1,600~1,800 m、深さはいずれも100~250mである。まき網では、素群れを魚探やソナーで探索して巻いており、FAD(人工集魚装置)の使用やサメまきは行っていない。
資源の状態
マイワシは我が国周辺における重要水産資源であり毎年コホート解析により年齢別資源量が算出され、それに基づいて漁獲可能量(TAC)が算出されている。コホート解析に必要な漁獲量、年齢組成、更に次年度の資源量予測に必要となる年齢別成熟割合、近年の再生産成功率、加入量などのデータは国の委託事業として水産研究・教育機構(以下、水産機構)、関係都道府県により毎年調査され更新されている。
マイワシは長周期の資源量変動がみられ、太平洋系群は2000年代には低水準期が続いたが、2010年代前半から増加傾向にある。2015年現在資源水準は中位に回復し増加傾向にある。現状の漁獲圧は生物学的な管理基準であるFmed(親子関係のプロットの中央値に相当する漁獲係数)より小さい。将来予測では現状の漁獲圧が続いた場合、2020年に親魚量が低位水準と中位水準の境であるBlimitを上回る確率は極めて高い。
資源評価結果は公開の会議で外部有識者を交えて協議されるとともにパブリックコメントにも対応した後確定される。資源評価結果は毎年公表されている。
生態系・環境への配慮
評価対象である日本太平洋北部(以下、太平洋北区:我が国の漁獲統計海区)では、主要水産種の食性、栄養段階、捕食者などに関する長年の調査を通じて、生態系に関する情報が比較的豊富に得られており、現在生態系モデルを用いた解析も進められている。海洋環境及び低次生産に関する調査や主要小型浮魚類の加入量調査などが毎年定期的に行われ、調査を通じて生態系に関する広域的な時系列情報をモニターできる体制も整っている。大中型まきあみ漁船は漁獲成績報告書の提出が義務づけられており、主な利用種の漁獲情報は経年的に蓄積されている。
太平洋北区においてマイワシを漁獲する大中型まきあみ漁業は、混獲が発生しにくい操業形態を取っており、混獲の影響は小さいと予想されるが、混獲非利用種や希少種に関して漁業から情報収集できる体制が整っていない点は改善の余地がある。
マイワシを対象とした大中型まきあみ漁業が、食物網を通じてマイワシの捕食者、餌生物、高層種に重大な間接影響を及ぼしている兆候は検出されなかった。太平洋北区の表層生態系全体の変化として、小型浮魚類は魚種交替と呼ばれる大規模長周期の資源変動を示すが、各魚種の資源変動は位相がずれており、かつ資源状態の悪化が懸念される魚種はないことから、これら小型浮魚類は全体として植物プランクトン等による基礎生産、動物プランクトン等による二次生産とマグロ類、カジキ類等の高次捕食者をつなぐ生態系機能を維持していると考えられる。ただし、マイワシは他の小型浮魚類よりも栄養段階が低く、1980年代に資源量が爆発的に増加した際には、捕食者の食性や食物網の構造や機能を大きく変化させたと考えられる。近年マイワシ資源が再び増加傾向にあることから、資源増大と生態系変化との関係や、その変化に漁業が影響を及ぼす程度をモニタリングしていくことが大切である。
漁業の管理
マイワシ太平洋系群の年間総漁獲量の90%以上は、北部太平洋海区大中型まき網漁業によって水揚げされている。よってここでは北部太平洋海区大中型まき網漁業を対象として、漁業の管理を評価する。北部太平洋海区大中型まき網漁業は、千葉県野島崎灯台正南の線と東経17 9度59分43秒の線との両線分における海域(オホーツク海及び日本海の海域を除く)(大中まき網漁業の操業区域)で15トン以上の網船を用いた船団により操業されるまき網漁業をいう。
我が国の漁業管理は、中央政府や地方政府による公的管理(トップダウン的管理)と、漁業協同組合や業種別団体などの漁業者組織による自主的管理(ボトムアップ的管理)を組み合わせた共同管理(Co-management)によって、多様な資源や漁業種類および陸上での利用法に応じたきめ細かい管理施策が実施されている。一般的に、大中型まき網漁業のような大規模漁業では政府による公的管理が、沿岸の小規模漁業では漁業者組織による自主的管理が、相対的に大きな管理上の役割を担っているが、両者を相補的に組み合わせた共同管理全体を高度化していくことが重要である。
まず公的管理の概要は以下の通り。マイワシはTAC対象種であり、農林水産大臣が設定するTACの範囲内に漁獲量が制限されている。大中型まき網漁業は大臣許可を必要とする指定漁業であり、許可条件・制限を通じて漁具・漁法、漁船サイズ、操業海域、操業時期などの規制をおこなっている。また大中型まき網漁業は、沿岸漁業との漁業調整の円滑化や政府による漁業取締りの効率化を図るため、他の漁業に先駆けて2011年よりすべての網船にVMSの設置を開始している。
一方で漁業者組織による自主的管理の概要は以下の通り。北部太平洋海区の許可を有する大中型まき網漁業者は、県まき網漁業協同組合、および、それらの連合会として北部太平洋まき網漁業協同組合連合会(ならびに全国まき網漁業協会)を組織している。これらの団体は、会員である各漁業者からほぼ毎日報告される漁獲量を集計し、政府により設定・分配されるTACを超えないように操業を管理するとともに、水揚げ集中によって加工・流通業への安定的な供給が阻害されることのないよう、操業海域や水揚げ港に関する情報提供・指導等を行っている。また、政府とともに策定した資源管理計画の執行も北部太平洋まき網漁業協同組合連合会が中心になって行ってきた。このようにマイワシ太平洋系群を対象とした北部太平洋海区大中型まき網漁業は、政府(水産庁)による公的管理と、漁業者組織(主に北部太平洋まき網漁業協同組合連合会)による自主的管理を組み合わせた、高度な共同管理体制が構築されている。
国際的に漁業管理の評価を行う際は、漁業実態のモニタリング(M)、漁業の管理措置の内容(コントロール:C)、その遵守状況を確認するための監視(サーベイランス:S)、および、遵守を担保するための罰則・制裁措置(エンフォースメント:E)という4つの側面(MCS+E)について評価されることが多い。この評価の枠組みを本評価にあてはめると、「3.1管理施策の内容」が管理措置の内容(C)を、「3.2.1管理の執行」が遵守状況の監視(S)と罰則・制裁措置(E)に対応する。漁業実態のモニタリング(M)については、操業のモニタリングは第1軸および第2軸で評価し、経営や水揚げのモニタリングについては第4軸の「4.1漁業生産の状況」で評価している。
地域の持続性
マイワシ太平洋系群の年間総漁獲量の90%以上は、北部太平洋海区大中型まき網漁業によって水揚げされている。よってここでは北部太平洋海区大中型まき網漁業を対象として地域の持続性を評価した。対象とする都道府県は、本漁業に関連する水揚げ港や加工流通業が存在する青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県とした。本漁業の水揚げ量・金額等の情報は、主要水揚げ港の統計を使用した。漁業経営の状況や地域の加工・流通業への貢献の状況については、データの制約により、マイワシ太平洋系群によるものだけを抽出して評価することが困難であったため、同漁業により水揚げされる全魚種を一括して評価した。また、地域の水産加工流通業の状況に関しても情報が限定的であるため、データが入手不可能な場合は各県の漁業全体もしくは加工業全体の情報で代替して評価した。
東日本大震災以前の漁獲量は28万~35万トン、金額は264億~347億円である。漁業者数は1船団につき平均40~50人であり、合計34ヶ統が存在しているため、漁業就業者だけでも1,000人以上の雇用を創出している。主な漁業対象種はマイワシ、カタクチイワシ、サバ類、マアジ、スルメイカ、カツオ等だが、回遊性魚を漁獲対象としているため、漁場の形成状況により千葉県銚子港から青森県八戸港まで、広範囲の漁港で水揚げしている。これら各地域の仲買人、運送業者、水産加工業者、造船所、漁具メーカー等関連業界をはじめとする地域経済の振興に貢献しており、特に震災後は被災地港への積極的な水揚げを行い早期復興に協力している。なお、操業は主に夕方に出て朝方に帰る日帰り操業となっている。
健康と安全・安心
マイワシには、骨や歯の組織形成に関与するカルシウム、血液の構成成分である鉄、抗酸化作用を有するセレンなど様々な栄養機能成分が含まれている。脂質には、血栓予防などの効果を有するEPAと脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。タンパク質には血栓溶解作用があることがラットを用いた実験により確認されている。また、血合肉には、タウリンが多く含まれている。タウリンはアミノ酸の一種で、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有する。旬は脂質含量が最も高くなる秋である。
利用に際しての留意点は、ヒスタミン中毒と生食によるアニサキス感染防止である。ヒスタミン中毒は、筋肉中に多く含まれるヒスチジンが、細菌により分解、生成したヒスタミンによるものであるため鮮度保持が重要である。アニサキスは、死後の時間経過に伴い内臓から筋肉へ移動するため、生食には、新鮮な魚を用いること、内臓の生食はしない、冷凍・解凍したものを刺身にするなどで防止する。
引用文献▼
報告書