キチジ(岩手県)
頭部の多数の棘は強く鋭い。目と口は大きく、胸びれの後縁に切れ込みがある。背びれの棘状部に大きい黒色班があるのが特徴である。フサカサゴ科に属し、学名はSebastolobus macrochir。キチジ属には本種以外にアラスカキチジおよびヒレナガキチジが知られる。
分布
キチジは、駿河湾以北の本州および北海道・千島列島の太平洋岸沖、オホーツク海、ベーリング海に広く分布する。太平洋北部(青森県~茨城県沖)では、水深350~1,300m付近の深海域に生息しているが、水深500~800mで分布密度が最も高い。
生態
成長は非常に遅く、体長20cmに達するのに10年以上もかかる。寿命については、飼育下で全長20cm程度の個体が9年後に全長27~28cmとなったことから、20歳程度には達するものと考えられる。雌の50%成熟体長は15cm、雄の50%成熟体長は9cmである。産卵期は1~4月であり、1産卵期に2回の産卵を行うとの報告がある。主にエビ類、オキアミ類、クモヒトデ類、端脚類、多毛類および魚類を摂餌する。
利用
キチジは、東北地方や北海道ではメヌケ類とともに「赤もの」と称され、惣菜魚として珍重されている。さらに、魚価も高いため、漁獲対象として、重要なものの1つである。肉は白く脂があり、極めて美味。旬は冬で、煮付け、から揚げ、なべ料理にするほか、干物としても流通する。小型のものは、かまぼこの原料にもなる。
漁業
太平洋北部では、キチジは主に沖合底びき網漁業(沖底)で漁獲されるほか、小型底びき網漁業(小底)、底はえ縄、底刺網でも漁獲されるが、沖底以外の漁獲量は少なく、2015年には沖底による漁獲が全体の9割を占めている。
青森県~茨城県沖で漁獲されるが、宮城県以北での漁獲量が多い。震災後は福島県沖の漁獲量が激減している。沖底では様々な魚種を漁獲対象とするため、それぞれの資源状態により漁獲の主対象が変化する。1990年代以降、沖底船は9~12月にスルメイカを狙って操業することが多くなっているため、スルメイカより深場に生息するキチジに対する漁獲圧は低下していると推測される。
資源の状態
太平洋北部のキチジ資源は、長期的に減少してきたが、着底トロール調査により推定した近年の資源量は、2000年以降増加傾向にあり、2016年は最高値となる12,009トンであった。資源量の増加は、1999~2002年級群の加入量が高い再生産成功率により増加し、この豊度の高い年級群が成長したことによるものと考えられる。2004年級群以降の再生産成功率は低い状態が続いているが、2013~2015年には小型個体が出現しており、今後の動向を注視する必要がある。以上の情報については、国の委託事業として、水産研究・教育機構(以下、水産機構)、関係府県により毎年調査され更新されている。資源評価結果は、公開の会議で外部有識者を交えて協議され、パブリックコメントに対応した後、確定されている。資源評価結果は毎年公表されている。
生態系・環境への配慮
太平洋北区は、農林水産省のプロジェクト研究、水産機構の一般研究課題として長期にわたり調査が行われている。現在Ecopathによる食物網構造と漁業の生態系への影響評価が進められている。当該海域における海洋環境及び低次生産、底魚類などに関する調査は、水産機構、関係県の調査船により定期的に実施されている。沖合底びき網漁業からは、漁獲成績報告書が提出されているが、記載されない混獲非利用種や希少種について、漁業から情報収集できる体制は整っていない。
沖底混獲利用種であるスルメイカ、スケトウダラのうち、スルメイカの資源状態が悪い。全体として、混獲非利用種と考えられた生物について、深刻な悪影響を与えているとはいえない。環境省が指定した絶滅危惧種のうち、評価対象水域と分布域が重なる種への影響は、軽微であると考えられた。
食物網を通じた間接作用としては、生態系モデルによる解析の結果、捕食者への影響、餌生物への影響は検出されなかった。キチジの競争者であると考えられるカレイ類、ズワイガニなどとの競合は示されなかった。
生態系全体への影響をSICAで評価すると、漁業の規模と強度は生態系に重篤な影響を及ぼしているとはいえず、漁獲物の栄養段階組成からみて、生態系特性に不可逆的な変化を及ぼしていないと考えられた。海底への影響についてみると、オッタートロールでは悪影響が懸念されるが、かけまわしと2艘びきでは影響は軽微とされた。対象漁業からの排出物は、適切に管理されており、水質環境への負荷は軽微であると判断される。沖合底びき網1艘びきの漁獲量1トンあたりのCO2排出量からみた大気への影響は、他の漁業種類と比べると低い。
漁業の管理
太平洋北部のキチジは、主に沖合底びき網漁業で漁獲されている。「太平洋北部沖合性カレイ類資源回復計画」において設定された、特定の期間には操業を行わないとする保護区も引き続き自主的に設定されている。岩手県地先ではキチジの管理のため、網目の拡大が実施されている。また、漁業者団体によって地域プロジェクト改革計画等が主導されている。
地域の持続性
キチジ太平洋北部は、沖合底びき網漁業(岩手県、宮城県、福島県)で多くが獲られている。収益率のトレンドは低く、漁業関係資産のトレンドも低位であった。経営の安定性については、収入の安定性は低く、漁獲量の安定性は中程度で、漁業者組織の財政状況は高位であった。操業の安全性、地域雇用への貢献は高かった。各県とも水揚げ量が多い拠点産地市場がある一方、中規模市場が分散立地している。買受人は各市場とも取扱量の多寡に応じた人数となっており、セリ取引、入札取引による競争原理は概ね働いている。卸売市場整備計画により、衛生管理は徹底されている。大きな労働災害は報告されておらず、本地域の加工流通業の持続性は高い。先進技術導入と普及指導活動は概ね行われており、物流システムも整っていた。水産業関係者の所得水準は高い。各県の沖合底びき網漁業には、それぞれ特徴がある。笹かまぼこの原料としても用いられていた。
健康と安全・安心
キチジには、老化現象の進行抑制作用、生体膜の状態維持、生殖機能の保持作用があるビタミンE、動脈硬化予防、心疾患予防などの効果を有するタウリンなど、様々な機能性成分が含まれている。脂質には、血栓予防や高血圧予防などの効果を有する高度不飽和脂肪酸であるEPAと、脳の発達促進や認知症予防などの効果を有するDHAが豊富に含まれている。旬は冬である。
利用に際しての留意点は、脂質が酸化されやすく、脂質酸化が進むと風味に影響を及ぼすほか、健康に影響を及ぼすといわれる過酸化物が生成するため、加工に用いる場合は脂質酸化を起こさないことに留意が必要である。また、鮮やかな体表が冷凍中に退色しやすいことにも留意するとよい。
引用文献▼
報告書